世間もそうだと思いますが、ここ数ヶ月の間、「大学入試」のあり方について思いを巡らすことが多くなった気がするマイスターです。
【教育関連ニュース】—————————————–
■「岐阜大など全国17大学、過去の入試問題共有へ」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061118it03.htm?from=top
————————————————————
岐阜大学(黒木登志夫学長)を中心に、お茶の水女子大や日本医科大など全国の国公私立17大学が、2008年度の入試から、それぞれが著作権を持つ過去の入試問題について、自由に利用できる協力関係を結ぶことを決めた。
入試の度に他大学の過去問題をチェックする手間が省け、過去問題との類似を避けようとする余りの、珍問・奇問を減らせるとして、17大学はほかの大学にも参加を呼びかけている。
入試では毎年、他大学の過去問題を詳細に調べ、出題されていない独自の問題を作る必要がある。部分的に似ているだけでも、大学側の過誤として、予備校などが指摘することがある。
このため、黒木学長が、お茶の水女子大などに働きかけた。参加大学は「大学入試過去問題活用宣言」をして、過去問題を公表すれば、同じ問題を出題できるほか、問題の一部を変えて出題することも可能。受験生には入試要項や大学のホームページで、事前に周知する。
文部科学省高等教育局大学振興課大学入試室は「良質な問題作成につながるという観点から期待がもてる」としている。
参加大学は次の通り。
【国公立】旭川医科大、弘前大、岩手大、秋田大、山形大、宇都宮大、お茶の水女子大、山梨大、信州大、静岡大、名古屋市立大、岐阜大、岐阜薬科大、滋賀医科大
【私立】順天堂大、桜美林大、日本医科大
(上記記事より)
「良質な問題作成につながるという観点から期待がもてる」と文科省の方の意見がご紹介されています。ここでは、「他の大学と重複しない」とか、「重複を避けるあまり、変な作り方にならない」という意味でしょう。そういう意味では、問題作成者は、上記のような協定を結ぶことで楽になると思います。
ところで、「そもそも良質な受験問題って何?」という議論自体が、日本ではあまり行われていない気がします。
皆さんの大学では、入試の問題は、誰が作成していますか?
たいていは、大学内部の教員でしょう。中には、予備校などに丸投げして問題を作ってもらっているというところもあるかも知れませんが、おそらく大部分の大学では、教員が作っていると思います。
上記の記事で書かれているように、他大学と重複していないかとか、過去に一度使った題材じゃないかとか、そういうことを調べながら、キャンパスの一室に集められた教員グループで問題を作成していると思います。
文系なら国語、英語、社会科。理系なら、数学、英語、理科が基本。社会科や理科では複数の問題が用意されます。今は理系でも国語が選べたり、小論文が選べたりと、受験科目にも幅があります。さらに、年に何度も入試をやります。教員の負担は大変大きなものがありますね。
考えてみれば、教員だって、別に試験問題作成のプロではありません。数学の研究者なら、適切な数学の入試問題を作成できるかというと、そうではないのです。
第一、過去の問題と重複していなければ良問なのかというと、そうではありませんよね。そもそも良問なのか悪問なのかは、採点後に初めてわかることだと思います。
マイスターもまだあまり詳しくはないのですが、どうもTOEICやアメリカのSATなどでは、採点後に色々な分析を行い、それを採点結果に反映させていると聞きます。
毎回違った入試問題を作れば、その中で「良い問題」「悪い問題」というのが出てきます。
例えば、これは一つの考え方ですが、
良問というのは、すべての問題の合計得点が高い人ほど、正答率が高い問題。
悪問というのは、すべての問題の合計得点と、その問題の正答率が相関していない、あるいは負の相関を見せている問題。
……なんていう判断をしたりするそうです。つまり「総合的に得点を稼ぐ人ほど正答率が高く、得点が低い人ほど正答率が低い問題」は、受験者の能力を正しく測れている可能性が高いということですね。逆に、全体として点数を稼いでいる人ほど間違えていて、点数が低い人ほど正解している問題というのは、能力を測るための問題としてはどこか不適切という疑いがあるということです。
で、場合によっては、全受験生の採点が終わった後、悪問と判断された問題の得点をカウントしないという措置をとるそうです。こういうことを計画し、実際に調べているのは、統計やtesting理論の専門家達なのだとか。
もちろん、すべての場合にこの理論が正しく当てはまるとは限りません。試験自体の目的や作られ方が日本の受験問題とはそもそも違いますから、そのまま真似したってだめでしょう。
ただ、良問とはこうである、悪問とはこうであるということを自分たちなりに考え、毎回、試験結果をちゃんと毎回分析しているということは、重要だと思います。
また「そもそもこの試験で何を測るのか?」という議論も、大学で働いていて、あまり耳にすることはありません。
例えば皆様の大学では、入試問題の成績結果と、大学卒業時の成績との相関を、どれだけ丁寧に分析していますか?
一般入試組と推薦入学組、AO入試組の間の成績分布を調べている大学は、いっぱいあると思います。成績不振の学生リストを会議で配って、「あー、やっぱりAO入試組が多いなぁ」なんてぼやきあうような光景、ありますよね。
でも、一般入試組の中で、入試の「問題ごと」の得点分布と、卒業時の得点分布との相関を調べる取り組みは、大学によってやっていたりやっていなかったり、差があると思います。多くの大学では、せいぜい入試の席次と卒業時の席次を比べてみるくらいでしょう。
本当は、「こういう問題を正答するような学生に来て欲しい」という分析を丁寧に行って、それを次の問題作成に反映させることが大切なはずです。これをちゃんとやらないと、単なる「選抜のための入試」になってしまいます。(当然のことながら、これは外部の組織にはできません)
つきつめて考えていけば、これは「そもそも本学は、学生のどういう能力を育て、どういう人材を送り出したいのか。そのために、入学時に測っておくべき能力はなんなのか」とか、「うちは工学部だが、そもそも数学、英語、理科の3科目で選ぶことが正しいのか」とかいった、そもそも論につながっていきます。あまりつっこんでいくと、受験の現実と離れ過ぎて、誰も受けてくれない入試になってしまいますが、しかしこういった疑問は、筆記試験でも推薦でもAOでも、入試を行う以上、常に問い続けておかなければならないことのはずです。
おそらく多くの大学では、こうした分析や、次への反映は十分には行われていないでしょう。
まず、これができる人材が、大学にはあまりいません。
どういう問題を用い、どういう測り方をしたら、どういった能力を持っているかがわかる……というtestingの理論や手法に詳しい専門家は、教育学部でもない限り、十分にはいないと思います。
もともとほとんどの教員は、自分の専門分野には詳しくても、教育や採点のプロではないのです。研究者なら統計にはある程度通じておられるでしょうが、学力試験に関する理論にも詳しいとは限りません。
また、仮に教員にそういう人材がいたとしても、現状では十分な時間や労力をかけることができません。
今は一年に何回も入試を行うのが普通です。また入試の結果も、すぐに発表することが求められている時代です。そのたびに、上記のような分析や検討を行うことは、限られた教員だけではほとんど不可能です。入試問題のことだけを仕事にしている教員でもいるなら話はまた違ってきますが、普通はそうじゃないでしょう。
そして、ここまで読んでいただいた方ならお気づきだと思いますが、「良問か悪問か」というのは結局のところ、やってみなければわからないのです。つまり、一度「これは良問だ」と判断された問題を、その後、少し形を変えて何度も再利用するということが前提になるのです。
実際、SATなどではそういった再利用がわりと行われているそうです。過去に良問だと判断された問題と、新しく作った問題とが混在しているのだとか。その代わり、過去問は公開されないそうです。(このあたり、マイスターも伝聞で聞いただけなので、もしかしたら実際は違っているかも知れません。詳しい方がいらしたら教えてください)
しかし日本では、センター試験の問題は、試験の翌日の朝刊で公開されます。また、大学それぞれの入試問題は、赤本として発売されています。世間ではそれらを元にして、今年どんな問題が出そうかという分析も行われています。これでは大学が問題を再利用するのは、現実的には不可能です。したがってこのままですと、今後もずっと「この試験で良い学生が選べるかどうかは運次第」という状態が続きます。
(もっとも赤本自体、問題文に含まれる著作権の扱いで存在が危うくなっていますから、今後どうなるかはわかりませんが)
諸外国ではこういったことについてどのくらい丁寧に取り組んでいるのか、マイスターも様々な人に聞いた話を元に書きましたので、詳細はわかりません。「これは実態とはちょっと違うな」とか、「こんなこともやってますよ」とかいったご指摘がありましたら、ぜひコメントいただければと思います。「ウチはこれだけの取り組みを行っている!」というご意見もお待ちしております。
ただ、今はどこも実行していなかったとしても、上述したようなことが重要なテーマであるのは確かです。本来なら早急に取り組むべき課題であることは、疑いがありません。実行が難しいのなら、どうすればいいのか、考えないといけません。
冒頭のニュースに戻りますが、こういったことをちゃんと考え実行するためであるなら、入試問題を大学間で共有する取り組みにも意味があると思います。一校ではできない分析作業も、数校で分担するならできるということがあるでしょう。
それに、そこまでやってこそ「良質な問題作成」を目指せるのですし、「大学入試過去問題活用宣言」なんてのも出せるというものです。重複を避けるためだけの取り組みにとどめておくのはもったいないです。
関係者の皆様にはぜひ、共同で現在の入試のあり方を分析してみる、提言を出してみるといった取り組みをしていただきたいと思います。
……と、これまであれこれと書かせていただきましたが、マイスター自身、testingの専門家でもなんでもありません。以上のことは、入試の素人である大学スタッフなりに考えた疑問点に過ぎません。
そのうち、教員をサポートしながらこういった問題を扱うプロフェッショナルの集団が育ち、大学全体の入試のあり方を変えていくことが必要なのかな、と思います。
最後に。
先日、進学校と言われる高校を中心に、全国で「履修逃れ校」がたくさん発覚しました。大学入試対策に偏った教育姿勢が原因であるとして、大学入試のあり方を考え直すべきだという声もあがりました。
大学入試は今、間違いなく迷走しています。もしかしたら履修逃れ問題をきっかけにして、元々の大学入試のおかしさに皆が気づき始めたという方が正しいのかも知れないと、マイスターは最近、思っています。
履修逃れ発覚の結果、全科目でセンター試験を行えとか、センター試験を義務化しろとかいった意見も聞かれるようになりましたが、科目数を増やせば問題が解決するかはわかりません。そもそも私たちは、大学入試に求められている役割について、まともに議論したこと自体、ほとんどないのです。
私たちは何のために、今のような入試を行っているのか。高校生達は何のために、受験勉強をしているのか。
今は、それをちゃんと考え直すいいチャンスなのではないかと思います。
以上、マイスターでした。
——————————————
※国内で唯一、国際基督教大学(ICU)は、記事で書いたようなことに近い取り組みを行っていると聞きます。ICUは、受験業界からは「対策を立てにくい大学」という評判を受けているようですが、入試問題の目的設定が、他の大学とは違うようです。
ただ、やはり詳細はよく知りませんので、いつか関係者の方に詳しく教えていただきたいです。