「特定学部のための」大学教員を養成する試み

マイスターです。

大学の教員養成に関して、興味深いニュースを見つけましたので、ご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「医学教員育てます 北大大学院、他学部出身者向け専門課程 来年度から新設へ」(北海道新聞)
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20061031&j=0046&k=200610312842
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北海道大学は来年度、医学教育の充実を図るために、解剖学など基礎医学の教員を専門に養成する専門課程を大学院医学研究科(修士課程)に新設する。医学部出身者以外の人が、基礎医学を体系的に学ぶことができるのが特徴で、文部科学省は「医学部の教員育成に限定した専門コースの設置は聞いたことがない」としている。

同大によると、医学部の二年生から三年生にかけて学ぶ基礎医学の教員の半数程度が、理学部など他学部の卒業者。医学部教員には基礎医学の幅広い知識が必要だが、医学部を出ていない教員は、研究の傍ら独学しているのが実情。このため、専門領域に関してだけでなく、広く基礎医学に通じた人材の育成に着手することになった。

また教員不足に対する懸念もある。同大では医学部卒業後、研究者として大学に残り、教員になるのは一割程度。二 ○○四年度からは医学部の卒業生が医師免許を取得後、大学病院以外の民間などの病院を研修先に選べる臨床研修制度が始まり、研修終了後に再び大学に戻り、研究しながら教員を希望する人が減っている事情もある。
(上記記事より)

2年間の修士課程で、他学部出身の学生に基礎医学を教えるという大学院は、わりと見かけます。しかしこの北大のように、「医学部の教員育成」をメインの目的に掲げているようなところは、確かに聞いたことがありません。

現在、基礎医学の分野を担当している教員に医学部出身でない方が多いこと、そしてそんな教員の皆様が基礎医学を体系的に学べる場が存在していないことが、設立の背景にあるようです。

例えば、理学部で生物学を学んだ研究者が、医学部で生物学系の授業を担当しているとします。生物の授業なんだから、生物学だけ知っていれば、教えられるということになっています。
しかしそもそも医学部というのは、言ってみれば医師を養成するためのプロフェッショナル・スクール。本題そこで教えられる生物学というのは、例え基礎的な段階であっても、「医療に関連づけられた生物学」であるべきですよね。「医学部向けに設計された生物学講義」です。
ところが、基礎の段階で生物学を担当している教員は、そもそも医学を体系的に学んだことがありません。それでは医学部出身の生物学研究者が生物学を担当すればいいかと考えると、人が足りないのです。
そこで、冒頭の北大のような発想が出てくるというわけです。

ところでこれ、考えてみると、けっこう重要な問題意識が含まれているように思います。

一例を挙げますと、工学部も、エンジニアを養成するための専門機関ですよね。
しかし、そこで教えられている基礎科目(人文・社会学系教養科目や数学、物理学など)が、エンジニア養成という目的に沿って計画されているかというと、必ずしもそうではないのではありませんか?

例えば工科系大学にある「心理学」という授業は、「技術者に必要な心理学」になっていますでしょうか。実態はそうではなくて、ただ「心理学」というコマが先に決定されていて、そこに文学部心理学科出身の研究者をただ割り振っただけ、とかだったりしませんか?
本来、工学部の授業を受け持つのなら、文学部出身の教員であっても「エンジニアとは何であるか」を理解する必要があるはずです。その上で、「エンジニアのための心理学」を教えないと、教養と専門が乖離するばかりで、学部のミッションに即した教育にはならないのではないかと思います。

これは他の教養科目についても言えることです。さすがに工学部の数学は、工学系の教員が教えているケースもあるようですが、世の中には理学部出身とかの方で、

「エンジニアのことなんてよくわからないけれど、微分方程式を教えろと言われたから、理学部でやるのと同じ内容を教えています」

なんて感じで数学を担当している方もいるのではないかと想像します。

わかりやすいのでここでは工学部を例に出しましたが、医学部の他、歯学部、薬学部、教育学部など専門職養成の性格を持っている学部学科では、同じことが言えるように思います。
本来、専門職養成のために教えられるべき内容と、それを担当する教員のバックグランドとの間に埋めがたい溝があるケースって、実は結構あるのではないでしょうか。
その溝をどうやって埋めていくかというのは、大学の教育力を向上させるためには無視できない課題だと思います。

もちろん北大のように、そのための大学院を設けるところまで必要かどうかはわかりません。
別に「他学部出身だけど専門のことがわかる教員」を養成するのに、必ずしも自前で大学院のコースを作らなきゃいけないというわけではないでしょう。学内で専門分野に関する勉強会をやれば解決するというケースもあるでしょう。大学にもよりますし、学問領域によっても事情は違うでしょう。

ただ、「医学部のための教員」をいかに養成するか、を考えるこの視点は、他の分野においても参考にして良いのではないかと思います。

北大のケースについて言うと、あとは

課程は二年間で、六年間の医学部に在籍するのと同レベルの教育を集中的に受ける。解剖学や病理学など基礎医学を体系的に学ぶが、教員となるためにはさらに博士課程(三、四年)に進む必要がある。修了しても医師国家試験の受験資格は得られない。(上記記事より)

……という内容で、果たしてどのくらいの学生が集まるだろうか、という点が解決されればOKです。
最終的には医学博士が得られるわけですが、しかし受験する側からすると、この選択には結構、覚悟が要りますね。

ここまで持ち上げておいてなんですが、目的を絞ったコースは学生を集めるのが大変だ、という現実があるのも確かなんですよね(かといって定員を少なくすると、コースワークの多い大学院では採算が合わないのです)。

「大学教員の養成」というのは、まだまだ議論も研究も十分行われているとは言えないテーマだと思います。そもそも大学教員って、「養成されるものではない」と思われていたところがありますし。

ただ今後、大学の教育力を高めていくためには、どこかでちゃんと考えなければならないことなんだろうと思います。

以上、マイスターでした。

3 件のコメント

  • こんにちは、いつも楽しみにさせてもらってます。
    ウチは保育士の養成課程を持っているんですが、医学の講義が必要で、記事のケースとは逆に「講義してくれる医者」を探すのが大変みたいです。
    医者の収入に比べれば非常勤講師料なんて決して高くはないし、短大の講師では社会的ステータスとしてもいまいちでしょうしね。

  • >2年間の修士課程で、他学部出身の学生に基礎医学を教えるという大学院は、わりと見かけます。
    10年ほど前に医科大に勤務していた時に、既に教員養成が話題になっており当時は阪大にしか修士課程が無かった。

  • 僕も、この記事に興味を持った口です。
    現代社会では、医療も高度専門化しているから、医療は本来人間が相手だ、医は仁術だ、という基本が忘れられてるんですよね。
    こういう専門課程を作れば一挙に問題が解決する、という類の問題ではないと思いますが、一つの試みとして注目に値する、と思います。