調書の講義使用は『不可』 検察庁と法科大学院が対立

マイスターです。

ご存じの通り、近年増えている「専門職大学院」は、高度な知識とスキルを持つスペシャリスト(お役所言葉で「高度専門職業人」などと言います)を養成することを目的としています。

例えば法科大学院の場合は、「法曹養成に特化した実践的な教育」を行うことがミッションです。
これまでは、何年も勉強してとにかく司法試験を通り、その後「司法修習生」になってはじめて、実践的な司法の様子を知ることができるという仕組みでした。法科大学院のシステムが作られた背景には、そんな知識偏重の制度に対する反省もありました。
そこで法科大学院では学究的なお勉強だけではなく、実際の事件を元にしたケース・スタディなどもばりばり行うことになっているわけです。司法の現場で活躍する人材を実務家教員として招いているのも、そのような実践的な学びを行う必要性からです。

ところが、その実践的な学びの場で、ちょっとしたトラブルが起こっているようです。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「調書の講義使用は『不可』 検察庁と法科大学院が対立」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200611040289.html
————————————————————

弁護士の教員のもとで進行中の事件から学ぶ法科大学院の臨床法学教育(リーガルクリニック)で、公判に出る供述調書などの証拠を学生が事前に読むことを検察庁が認めない取り扱いが相次いでいる。大学院側は「刑事弁護の実務は学ぶなと言っているようなもの」と批判、宙に浮いた状態が続いている。

大宮法科大学院教授の萩原猛弁護士は6月、殺人事件の公判前整理手続きの際、さいたま地検検事から「学生に見せないと確約しない限り、記録のコピーは認めない」と言われた。その後も二つの事件で地検側は同じ主張をし、結果として学生に検察側の証拠をもとに弁護方針を考えさせる本来の目的が果たせない状態になった。

早稲田大法科大学院教授の高野隆弁護士も3月、東京地検側から同様のことを言われた。高野教授は「そんな約束はできない」として、コピーせず、必要な部分を書き取ってきたという。

2地検の言い分は、法科大学院生に捜査記録などを見せるのは証拠の目的外使用にあたるというもの。司法試験に合格した司法修習生にはアクセス可能とはいえ、それは司法修習生には守秘義務が規定され、違反すれば罷免もありうるから。それがない法科大学院生は同列に扱えないという。
(上記記事より)

「リーガルクリニック」というのは、医者のタマゴが臨床の現場で経験を積んで一人前の医者を目指すように、法律を学ぶ学生も実際のケースにあたりましょうという主旨の仕組みです(……とマイスターは理解しています)。
そんなリーガルクリニックの主旨に則り、「検察側が開示した供述調書などの証拠を学生に読ませる」という教育方法を実践しようとした教員がいたのですが、これに待ったがかかったわけです。

2地検の言い分は、法科大学院生に捜査記録などを見せるのは証拠の目的外使用にあたるというもの。司法試験に合格した司法修習生にはアクセス可能とはいえ、それは司法修習生には守秘義務が規定され、違反すれば罷免もありうるから。それがない法科大学院生は同列に扱えないという。

↑これが、地検の言い分です。

うーむ、なるほど。

想像するに、医療でいうと「研修医には患者のカルテを見せられるけれど、まだ医師免許も取っていない医学部生には、カルテは見せられないよ」と言っているような状態なのでしょうか?
(※マイスターは法律にも医学にも詳しくないので、見当違いのことを言っておりましたらどなたかご指摘ください)

ちなみに医療では、実際には医学部の学生は大学病院で患者さんのカルテを見られますし、診察や検査に立ち会うこともあります。医療の場合は性質上、そうやって学ばせなければ医師を育てられないからです。
MBAのように教育用として過去の「診療ケース」を集め、それをもって医療を学ばせるという方法も考えられなくはないでしょうが、実際に起きている病気を診察や検査で見極め、病状の経過を追いながら学ぶという効果が失われます。それに何より、実際に命を持って生活している「人間」を相手にできなくなるのが大きいですよね。ですから医学部では、学生さんでも、生身の患者さんの情報にアクセスできるようになっているというわけです(たぶん)。

全く同じとは言いませんが、司法にも、上記のような医学教育と共通する部分があるのではないかなと思います。いい法曹を育てるためには、現在進行中の「生の」情報にアクセスしながら、自分だったらどうするかと考えて学ぶ経験が欠かせないのではないでしょうか。
法曹志望の学生が生の事例を学べない今の状態では、法科大学院の教育機能が制限され、かえって国益を損なう結果になるように思います。

とは言え、調書の扱いは、かなりセンシティブにせざるを得ないところだというのもわかります。教育効果と守秘義務の両立を考えると、ここはいくつか方策が考えられそうです。

○法科大学院生に守秘義務をもたせ、違反した場合は退学や司法試験受験資格停止といった厳しい処分を科す

記事では、

「大事なのは訴訟関係者の秘密が保護されるかどうか。法科大学院は万全を期しており、教育的な意義を考えるべきだ」としている。

と法科大学院の教授が指摘しておられますが、マイスターもそう思います。
そんなわけで法科大学院でも守秘義務を徹底するというのは、解決法の一つになるでしょう。

○医学部の教育用電子カルテにならい、国を挙げて「教育用電子調書」のシステムを整備する

一部の大学医学部では、患者の医学的情報のみを開示し、個人情報を遮蔽した「学生用電子カルテ」のシステムを独自に構築・運用しているようです。構築にはお金がかかりそうですが、なかなか教育上は便利だと思います。

今後、本気で国をあげて優れた法曹を育成しようというのであれば、こうした医学部のシステムに倣って「教育用電子調書」の仕組みを構築するというのも手です。ユーザーのアクセス権限に応じて、個人のプライバシーに関する情報表示をコントロールできるシステムです。
ただ、維持・運用まで考えるととんでもないお金と人手がかかりそうですから、どうかなという気はします。全国でやるのではなく、一部の地検だけに導入し、全国の法科大学院からその情報にアクセスできるようにするなどの方法も考えられます。

○法科大学院では、過去のケースしか扱わないことにする

MBAでは、ハーバードなどで有名な「ケースメソッド」という手法がとられています。
実際の企業の経営情報を教育用の「ケース」としてストックし、それを元に「自分だったらこうした判断で経営方針を変えます」といった議論を行うというものです。教育のために企業をいちいち立ち上げたりつぶしたりするわけにもいかないので、MBAではこうしたケースメソッドが盛んです。
法科大学院でもこのように教育は「ケースメソッド」で行うと開き直って、現在進行中の生の事例にあたるのはあきらめるという選択肢もあります。「司法のケース」を各法科大学院で保有するのですね。

ただ前述したとおり、医療や司法では、なるべく生活がかかった実際の人間に触れて欲しいと、個人的には思います。それに過去のケースにあたっても、実務を学ぶことにはなりませんから、やっぱりこの方法には限界があるのではないでしょうか。

というわけで個人的には、法科大学院生にも守秘義務を持たせ調書にアクセスできるようにするという選択肢が、もっとも国益に沿ったものであるように思います。ただ、マイスターは司法の現場にあまり詳しくないので、法科大学院の関係者とプロの司法関係者で、もっと良いアイディアがあるかどうか議論してみてはいかがでしょうか。

何しろ法科大学院(&新司法試験)はまだ始まって間もない制度。最初にこういったトラブルがあるのは当然です。どうするのが学生にとって、あるいは国民にとって一番良いのだろうかと考えながら、少しずつ仕組みを洗練させていくしかありませんよね。

以上、マイスターでした。

—————————————————–

クリニック開始後しばらくは閲覧、コピーに制限することなく検察側の証拠は開示されていた。しかし法務省関連の雑誌の6月号に「検察官から開示された証拠を法科大学院生に見せるのは違法」との解釈を示した東京高検検事の文章が掲載され、前後して運用が厳格になったようだ。

という記述が記事にはあります。別にお上がルールを決めたというのではなくて、検事が「解釈を示した」だけみたいですが、自然に他の地検でもルールが厳格になるあたり、さすが判例を参考にして動く司法関係者という印象を受けました。

3 件のコメント

  • >別にお上がルールを決めたというのではなく
    >て、検事が「解釈を示した」だけみたいです
    >が、自然に他の地検でもルールが厳格になる
    >あたり、さすが判例を参考にして動く司法関
    >係者という印象を受けました。
     東京高等検察庁は東京地方検察庁やさいたま地方検察庁の「直接の」上位官庁ですよ。
     きっと「お上」が決めたから「下々」が従っただけでしょう。判例で動いたというのは、今回のケースではちょっと的外れかと思いますが...
     
     東京高等検察庁の管轄外の地方検察庁が同様のケースに対してどういった対応をしているのか、あるいはまだそんなケースがないのかはわかりませんが...

  •  まあ、誰かが圧力をかけて、最高検察庁か法務省(法的には、検察庁は法務省に属する特別な機関ですから、一応指揮監督権があるんでしょうが、実態は法務省のキャリアはほとんど検察官ですので、法務省は検察庁のしもべです。)に一言言ってもらえば、あっという間に解決でしょうけどね。

  • 名無しさま:
    マイスターです。ご指摘ありがとうございます。
    雑誌に文章が掲載されたのがきっかけ、という点から、「判例ちっくだなぁ…」と思ったのですが、なるほど、いち個人の意見というより、これはほとんど「お上の判断」という性質のものかもしれませんね。教えてくださいまして、ありがとうございます。