消える「夜学」

マイスターです。

このブログを読んでくださっている方で、「夜学」、つまり大学の夜間部出身という方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?

今日は、この夜学に関するニュースをご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「消える『夜学』 09年以降も存続、6校中1校 教育格差拡大、懸念も」(MSN毎日インタラクティブ)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/university/archive/news/2006/10/20061014ddh041040005000c.html
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苦学生の象徴「夜学」が次々に姿を消している。東海地方で6校あった大学夜間部のうち、日本福祉大と愛知大、名城大が00年から05年にかけて学生募集を停止した。岐阜大は07年、愛知県立大は09年に募集を停止し、存続するのは名古屋工大の1校だけだ。募集を停止する各大学は「勤労学生の減少」を理由に挙げる。専門家からは「経済的に苦しい家庭に生まれた子供の行く大学がなくなってしまう」と、さらなる教育格差の拡大を心配する声が上がっている。

「働きながら学び、異なる世代の人と机を並べられるのが魅力。廃止を撤回してほしい」。愛知県立大英米学科4年の真野由紀さん(24)は、募集停止の方針を残念がった。先月19日、名古屋市内で存廃をテーマに、学生約10人と県議との意見交換会が開かれ、学生から反発の声が噴出した。昼間、喫茶店でアルバイトをした後、大学に通う松岡浩平さん(21)=3年=は県議に対し、「家計を助けるためにも、学費の安い夜間はありがたい」と強調した。

同大では主に夜に授業がある「夜間主コース」に996人が在籍する。学費は昼間主コースの半額の約27万円で、ここ3年間の入試倍率は4~5倍と人気が高い。しかし、勤労学生の比率は大幅に低下し、98年度には全体の62・6%と半数を超えていたが、今年度は25%に。関係者は「昼間部の受験に失敗した学生が志望した結果だ」と、夜間部本来の意義が失われている現状を指摘する。

このため、県は「勤労学生に高等教育を提供するという夜間大学の本来の趣旨から逸脱している」として、今年3月に募集停止を決定した。
(略)
文部科学省によると、夜間部のある大学は全国で79校。99年には104校あったが、7年間で25校が夜間部を廃止した。
(上記記事より)

近年、大学の夜間部が少しずつ廃止されてきているというのは、皆様もなんとなく感じておられるかと思います。最近では学部再編により、早稲田大学の第二文学部がなくなることが話題になりました。
夜間部を廃止するところではその分、朝~夜までの幅広い時間に授業を開講する昼夜開講制の新学部を編成して、夜間授業の履修のみでも卒業できるような体制を敷くところもあるようです。

もともと大学の夜間部は、「勤労学生」つまり昼は働き、夜は仕事をするという方のための存在でした。

マイスターは理工系学部の出身ですが、工科系の私立大学には母体が夜間学校だったところが少なくありません。日本の工業を支えるエンジニアを育成するため、主に社会人を対象にした夜間教育を行ったのです。戦前は、高校卒業後すぐに大学に進学できる方ばかりではありませんでした。したがって、工場などで働いて技術を身につけてきた方々の中に、「大学レベルのより高度な専門知識を身につけたい」というニーズがあったのですね。
工科系に限らず、他の学問についても、それぞれ同様の背景があったのだと思います。

しかしそんな大学も、今では夜間部を廃止する方向に動いています。
夜学が姿を消している理由はいくつかあります。

【需要がなくなったから】

これは、よく耳にする理由です。
昼間部は順調に学生を集められているのに対し、夜間部は定員割れしている。よって社会からのニーズがなくなったと判断し、廃止する……というものです。

これについては、大学によって事情が異なると思います。
確かに一部の大学の夜間部では、ひどい定員割れが起きています。ほんの数人のために昼間部と同じだけの授業数を準備したらコストがとても合いませんから、やむなく廃止の判断をするのもわかります。

しかし、夜間部が廃止される直前において、入試の競争率が数倍にもなっていた、という人気の夜学もあるようです。
それなりに学生を集めていたにもかかわらず、廃止になってしまうのは、何故でしょうか。

そこで、↓次の理由です。

【勤労学生が減り、本来の夜間部の意義がなくなってきたから】

夜学の場合、ただ学生を集められていればいいというものではない。勤労学生が通わなくなってしまったのであれば、昼の部だけでいいじゃないか……という理由で夜間部を廃止する大学ですね。冒頭でご紹介した毎日新聞の記事はこの点を指摘しているものです。
(記事に出ている愛知県立大学などは公立大学ですから、特にこうした指摘を無視するわけにはいかないのだと思います)

では、勤労学生の他にどういう方が夜学で学んでいるのかというと、「学費あるいは学力の問題で、昼間部に入れなかった学生」です。
一般的に夜学の学費は、昼に比べて安いです。昼間部と同じような内容を学べて、しかも安いのは、学生やその保護者からすれば魅力ですよね。
そして、夜間部の入試偏差値は、昼間部に比べて低いです。こう書くとなんだか下品な気もしますが、この点に目をつけて夜学を志望する方は少なくないはずです。あまり知られていない大学の昼間部に通うよりは、有名大学の夜間部に行った方がいい、と考える方だっておられるでしょう。
「どうしても教わりたい先生がいるけれど、自分の学力では昼間部には入れない」という理由で夜間部に入学し、あこがれの教員のゼミに入る……(なんていう方はそう多くないと思いますが)そんなケースもあるかもしれません。

今ではどこの大学の夜間部でも、勤労学生の比率は低下していると思われます。毎日新聞の記事では、愛知県立大学の「勤労学生」比率が25%になったと書かれていますが、中には10%を切っている大学だってあるのではないでしょうか。
(高校卒業者の大学進学率は年々上昇の一途を辿っていますから、今後この比率はさらに下がっていくはずです)
勤労学生が減り、「昼の部に入る学力(や学費)がないから、夜間部に来た」という学生ばかりになってしまったことを受けて、夜間部の意義が薄れたと判断し、廃止に踏み切る大学は、確かにあるでしょう。

しかし、こういった大学の判断に対しては、「たとえ比率が少なくなったとしても、夜学を必要としている勤労学生はいるんだ。学ぶ機会を保証するためにも、大学の社会的な役割を考えれば、夜間部は廃止するべきではない」……という批判を寄せられる方も少なくないだろうと思います。もっともなご意見です。

そこで最後に、夜学が姿を消している、↓もう一つの理由をご紹介します。

【夜間部を維持するのはコスト的に割が合わないから】

夜間部と言っても、大学の正規の課程には違いありません。
したがって大学側は、昼間部で開講されている授業とそう変わらない質の授業を、そう変わらない数だけ用意する必要があります。
(実際には履修できる授業の種類等において昼間部の方が恵まれているケースが一般的です。しかしそれでも卒業までに必要な単位数は大体同じですし、必修科目を始め主要な授業はすべて夜間部にも置いてあるはずです)
そうなると、教育コストがかかるのです。

以下はかなり乱暴な計算ではありますが、イメージを掴むための参考まで。

例えば、昼間部は、定員200名で、年間の学費は100万円。夜間部は、定員80名で、年間の学費は60万円。学費のうち半分が授業のために使われる。このように想像してみてください。このそれぞれに同じ内容の授業を用意すると考えます。試しに卒業までに必要な単位数を120単位として計算してみましょう。

昼間部では1億円で120単位を用意することになりますから、大学は1単位あたりに84万円かけられます。
一方、夜間部では2,400万円で120単位分の授業を行いますから、1単位あたり20万円しかかけられません。

これで夜間部が定員の半分しか学生を集められていなかったりすると、かけられるコストは1単位あたり10万円。なんと昼間部の1/8です。もちろん実際にはこんな単純計算は成立しないと思いますし、数字の大きさも大学によってかなり差があるでしょう。ただ、かけられるコストにこれだけの差があるということは想像していただけるかと思います。
こうなってくると、昼間部で稼いだ学費を夜間部に持ち出すということが行われるようになりますね。
(上記の数字はあくまでもイメージを掴むためのたとえですから、ぜひ皆様の大学の実情に合わせて計算してみてください)

夜間部はコストが低いからその分教育レベルを落としましょうとか、卒業までに必要な単位を半分にしましょうとかいう話ならともかく、大学でそれはできません。
それでなくとも少子化で大学の経営に陰りが見えているのです。昼間部すら生き残りをかけた再編に追われているわけで、まっさきに夜間部を整理の対象にする大学が出てくるのもわかるというものです。マイスターが思うに、夜学が減っている本当の理由は、これではないでしょうか。

(ちなみに、例外的に夜間の教育で伸びてきているのは社会人大学院ですが、これは経営モデルが学部教育と若干異なります。授業コマ数は少なく、学費は高額。学生は少ないが、教員も(学部に比べると)少ない。ゼミや演習など手のかかる授業が多いとはいえ、よっぽどいい加減な収支設計をしない限りコスト構造はそう悪くないんじゃないかなと想像します)

以上、夜学が消えている理由を3点ほどご紹介しました。

とは言え、勤労学生に学びの機会を供給することは大学にとって非常に大事な使命です。コストがかかると言っても、社会的な役割として、そう簡単に廃止するわけにはいきません。

そこで、今後注目されてくると思われる手段の一つが、e-Learning(通信教育)の活用です。
キャンパスに通えない方でも教育の機会を得られるということで注目されているe-Learningですが、単に学習機会を拡げるというだけでなく、うまくすればコストを下げることができるという点も大学にとっては大きなポイントです。(ただし、うまく学生を集めないと設備投資ばっかりかかって大赤字になるという、リスクの高い試みでもありますが)
もちろん、実際にキャンパスに通うことに魅力を感じる方は多いでしょうし、夜学が提供してきたものすべてをe-Learningで代用できるとは思えません。しかし勤労学生に教育の機会を提供するための手段として、教育の一部に遠隔教育システムを導入することは、もっと検討されてもいいんじゃないかなと思います。

また実学系の大学なら、法人営業をかけ、企業から派遣される科目等履修生学生を増やすという道も考えられます。企業や商工会議所と契約を結び、研究の一環として、夜間部の授業を活用してもらうのです。それで夜間部の収益構造を改善できれば、結果的に勤労学生の学ぶ場も守られます。日本の大学進学率は現在5割程度ですが、裏を返せば半分は大学を経ずに働いているわけです。欧米に比べて日本の成人学生が少ないのは、働くのに忙しくて学ぶ時間がないという事情もあるでしょうから、企業を説得して夜間部に来てもらえれば、そういった偏りも改善されるかも知れません。
……などと、色々な方法が考えられそうです。

最後に。
大学にとって、社会的な役割を果たしつつ健全な経営を行うのは、簡単ではありません。そもそも、これまでは「1単位あたりの教育コスト」なんていう考え方自体、あまり大学にはなじまないものとされていたフシがあります。こういうと聞こえは良いのですが、要は適当な「どんぶり勘定」で経営をしてきたのです。その結果、貴重な夜学を廃止するはめになっているわけですから、大学経営者の責任は大きいです。
大学を取り巻く環境がシビアになっていく今後は、コストに見合わない大切なことを実行するためにも、あらゆるコストをちゃんと認識しておくことが重要になってくるのではないかと思います。
個人的には、なんとか夜学を生かす道はあると思います。ただそれにはコストの理解を含め、経営をきちんとやるということが大前提だと考えます。

以上、マイスターでした。

6 件のコメント

  • 私も何度も夜間の入試で面接を担当してきました。
    若いけど志が低いというか人生終わってる子達だと
    正直感じます。経済的に困ってないけど大卒の肩書きはほしい、
    でも勉強できない、大学生になったら思いっきり自由な時間がほしい、
    バイトして遊びたい、と言ったところでしょう。
    そもそも公務員以外、日本は学歴社会ではないわけです。
    すでに勤めている若い人が大学に通うインセンティブはもともと低いと
    言わざるを得ません。

  •  後半に e-Learning(通信教育) への言及がありましたけれど、既に放送大学を含む通信制の課程がそれなりに普及している事も、要員として大きいと思いますよ。
     私自身、放送大学で2個目の学士を取りましたが、通学制の夜間部よりは、はるかに地理的・時間的な制約が少ないですからね。

  • 私も通信制の大学で2個目の学士を取りましたが、N.IDEMITSUさんの意見に全く同意です。
    従来のスタイルの夜学に通おうと思うと、実際問題として5時定時に仕事が終わる職場でないと厳しいでしょう。
    かつては大都市に工場地帯が形成されていて、そこへ高校卒業後地方から来てブルーカラーとして勤める人々も多く、そうした人々が夜学に通うという事も多かったでしょう。
    しかし今は大企業の工場は地方や海外に展開し、大都市周辺に暮らすブルーカラーという人々も減ってきている上に、コンビニエンスストアの発達などにも見られるように都市部の生活形態が夜型になってきている現状だと、働きながら夜学に通学できるというライフスタイルの人も減ってきているのではないでしょうか?

  • ↑の続きです。
    結局のところ、こうした勤労者のライフスタイルの変化についていけず、旧態依然とした夜学の運営を続けてきた大学が多かったのでは?と私は思います。
    通信制の課程だと、こうした多様化したライフスタイルにも柔軟に対応できますしね。
    e-Learningだけで補え切れない部分については、従来の通信制の課程の大学の多くが行っているように、3連休などを利用して大学施設で集中講義を行う対面スクーリングを併用したり、平日に休みが取れるのなら昼間部の授業の受講を認めたりするなど、対応策はいくらでも考えられます。

  • みなさま、様々なご意見、ありがとうございます。なるほど確かにそうだなぁと思いながら、読ませていただきました。
    takaさま>
    日本では、既に勤務している方が学びなおすインセンティブがあまりない…というのは、まさにその通りだと思います。
    そのあたりについては企業も変わりつつありますので今後どうなるかはわかりませんが、いずれにしても自腹で夜学に通おうとまでする方は、あまりいないでしょうね。
    それゆえ、個人ではなく企業の人事部などに働きかけ、研修という形にするという手もあるのかなと思ったりします。
    いずれにしても、昇進や給与に学びの成果が反映されるようでなければ、takaさまのご指摘の通り、夜学に通う勤め人は増えないのでしょうね。

  • N.IDEMITSUさま:
    nobさま:
    ご意見、ありがとうございます。なるほど、通信制の教育が、夜学のニーズや社会的な使命を継承してきたという面は、確かにあると思います。大変参考になりました。
    ただ同時に、誰でも通信制で自主学習できるわけではないだろうな…とも思います。
    私は大学院で企業のテレワーク活用の研究に関わったことがあるのですが、こうした働き方を行う上で最も重要だったのは設備ではなく、本人の「やる気」の維持だということでした。成熟した企業人達ですら、そういう部分で行き詰る方が少なくないんですね。
    お二方とも、通信制で取得されたのは「二つ目」の学位だとのことですし、学びのスタイルやリズムをある程度ご自身でコントロールできる方々なのではないかと推察いたします。しかし実際には、たとえ学びたいという意思があったとしても、最初から自学自習を貫ける方はそう多くないのではないかと私は思います。
    そんなことを考えますと、やっぱりe-Learningではなく、キャンパスに通って教室で講義を受けるニーズもあるんだろうなー、とも思うわけです。
    結局のところはnobさまがおっしゃっているように、持っているリソースを有効活用して、柔軟な学びを選んでいただくような方向を目指すことになるのかなと思います。その際、採算があう大学では夜学を復興させる道もある、というところでしょうか。