「社会人」という言葉についての、ちょっとした違和感

マイスターです。

普段何気なく使っているけれど、よく考えてみるとおかしな言葉って、ありますよね。
「社会人」という日本語はもしかしてその一つなんじゃないかな………とマイスターは考えることがあるのですが、皆様はどう思われますか?

【社会人】
・社会を構成している一員としての個人。
・社会で職業に就き、活動している人。学生などに対して使う。
(『現代例解国語辞典』(小学館)より)

これまで、何度もこの言葉を使ってきたのですが、最近、なにやら違和感を覚えるようになってまいりました。

うーん、「社会人」って、何でしょう?

文字通りに取れば、「member of society」、つまり社会を構成する一員としての個人、という意味ですよね。でも、こういう意味合いで日本語の「社会人」が使われることは非常に少ないように思います。

学校を卒業し、就職して、社会人になる。

社会人という言葉は通常、上記のような文脈で使われます。
そう、社会人というのは、日本では、職を持って働いている人や結婚して家庭に入っている人など、「もう学生ではない人」を指す言葉なんです。
日本では、「学生」と「社会人」は、相反する言葉のように使われるんですね。

なんだかこの言葉の使い方から、日本社会における「学校観」が、垣間見えるような気がします。
一度就職して「社会」に出たら、基本的にもう大学や短大に戻ることはない。そういう前提が、こういう言葉の使い方を生み出したのは明らかです。

で、その発想ってどうなんだろう? とマイスターは思うのです。
実はもう、「社会人」という言葉の使われ方は、不適切になってきているんじゃないでしょうか?

以下、そう思う大きな理由を、ざっくり2点にまとめてみました。

【1:子供扱いすることで、かえって若者の成長を妨げてきたのではありませんか?】

中等教育を修了した大学生達は本来、member of society としての資格を持っているはずです。したがって本来の言葉の響きで言えば、彼らは在学している時点で既に「社会人」です。
確かに、年配の方から見れば、まだまだ未熟な部分が目立つ学生も多いと思います。でも、だからこそ、

「君は独立した社会の構成員なんだから、それに相応しい振る舞いをしなさい」

……という態度で接するべきじゃないのかなぁ、というのがマイスターの感覚です。大人の側が、まず学生を、member of societyの一員として扱うべきだということです。

ですが何故か現実は逆で、教育する側の大人達が、「おまえら学生は社会の構成員としては半人前だ」というニュアンスで、「学生」と「社会人」という言葉を区別して使っているんですね。
マイスターはこれに違和感を覚えます。大学生は社会の構成員じゃないのでしょうか。「非社会人」なのでしょうか。

中等教育の「生徒」なら、まだわかるんです。
義務教育段階なら、学校に通ってくるのは100%、未成年の子供です。未熟な子供に常識と教養を教えるための機関として、学校での教育が設計されています。
また高等学校は義務教育ではありませんが、子供を学校に「預けて」教育してもらうという点や、一度入学したら学ぶ内容を自分で選ぶ自由があまり認められないという点などは、中学までと同じです。
まさに、学生ではなく「生徒」。子供も老人も社会の構成員ではありますが、member of societyとしてはまだ「半人前」です。学校は彼らを一人前の「member of society」にして送り出すという役割を追っているわけです。
ですから「生徒」が学校を卒業して「一人前の社会人」になる、というイメージがわくんです。

でも大学生は、違うでしょう。
少なくとも、「君たちはもう大人なんだから、いつまでも幼稚な振る舞いをしてはいけないよ」と言われる立場でしょう。
だったらまず、「社会人」の枠の中に大学生も入れてあげるべきじゃないのかなぁと、マイスターは思うのです。

【2:そもそも大学って、若者だけが通う場所ですか? 学生=若者ですか?】

マイスターにとって高等教育とは、

「18~22歳の、一般的な企業に就職すると考えている若者だけではなく、社会のあらゆるメンバーに対して開かれているはずのもの」

……です。

もちろんマイスターも、実際には日本の大学入学者の大半は高校を出たばかりの18~20歳で、卒業後はすぐに就職するという前提で学んでいる方々だということはわかっています。
しかし日本でもこれからは、大学が必ずしも若者のためだけの機関でなくなっていくことも、おそらく事実です。

諸外国では、「高等教育は18~22歳までの若者が受けるもの」という前提が厳密には成り立っていなかったりします。

例えばアメリカでは、18~24歳までの学生と、25歳以上の学生との人数比が、およそ 1:1 だと聞きます。働きながら、パートタイム学生として学ぶ方が少なくないのですね。そんなわけで実は英語には、日本語の「社会人」が持つニュアンスを表す言葉はないのです。学生も、member of societyの一員ですから。
ヨーロッパも、多様な年齢構成という点はアメリカと同じです。↓こんな調査結果もあります。

■「表序-7 日欧対象者の高等教育入学・卒業年齢と在学年数」(『日欧の大学と職業―高等教育と職業に関する12ヵ国比較調査結果―』日本労働研究機構)
http://db2.jil.go.jp/SEIKA_ZEN/E_Seika/IMAGE/2001/E2001090016-ZU008.GIF

日本の大学生達は、平均すると19.3歳に入学し4.1年かけて単位を集め、23.4歳頃に卒業するという、予定調和な学生生活を送っていますね。でも例えばフィンランドなどの北欧諸国では、大学に「入学」する平均年齢が既に22~23歳です。ドイツも大学入学の平均年齢が21.9歳で、5.3年くらいかけて卒業していますね。イタリアやオーストリアに至っては、平均在学年数が7年もあります。ヨーロッパの国々では大学の学費がタダだったり、または限りなくタダに近い状況だったりしますから、じっくり時間をかけて学ぶこともできるわけです。ただそれ以前に、大学というものに対する意識が日本と違うのですね。
「高校を出て、すぐに大学に行かないのはおかしい」みたいな認識は、あまりなさそうです。

もちろん、日本では、まだこんな状況にはなっていません。
しかし現在、18歳人口の減少が進んでいることから、大学はビジネスマンやシニア層など、他のターゲット層を開拓する必要に迫られてきています。
現に、大学人達は必死で「社会人大学院」という新しい学びのスタイルを、世の中に普及させようとしていますよね。

これまで日本社会では「学生=働いたことがない人」であり、大学とは「未熟者を社会に送り出すまでのゆりかご」でしたが、この前提は少しずつ崩れ始めています。
大学キャンパスはもう、若者しかいない、実社会から隔絶された場所ではありません。いずれはアメリカやヨーロッパのように、多様な方々を受け入れる場になると思われるのです。多くの勤め人や主婦、リタイアした高齢者の方などが学生として学ぶことになるかも知れません。そうなると、「社会人 = もう学生ではない人」という認識は、成立しなくなりますよね。

さて、上記のようなことを考えていったとき、今後もこれまで通りのニュアンスで、「社会人」という言葉を使っていくことが、果たして適切なのでしょうか?

本当はもう、少しずつ「学生」と「社会人」を区別することに無理が生じてきているんじゃないかと、マイスターは思います。

だからといって、定着している日本語を変えることは簡単にはできません。
また、「社会人」の替わりになる言葉も、すぐには思いつきません。
ですから、こうして長々と考えを書いてはみたものの、じゃあどうすればいいかと言われると悩んでしまうのですが……うーん。

(でも、「考えてみれば大学って、若者だけのものでもないよな。社会人っていう言葉、そのうち意味が通らなくなるかもな」と意識しておくことには、とりあえずちょっとは意味があるんじゃないかなぁと思います)

「社会人」という言葉について、皆様はどう思われますか?

以上、マイスターでした。

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(参考)
■『日欧の大学と職業―高等教育と職業に関する12ヵ国比較調査結果―』(日本労働研究機構)
http://db.jil.go.jp/cgi-bin/jsk012?smode=dtldsp&detail=E2001090016&displayflg=1

高等教育の国際比較をする際によく引用される調査結果です。この通り、web上でもデータが閲覧できるようになっているのですね。

4 件のコメント

  • 辞書的には「学生に対して社会人」なのですね。
    私も「社会人」という言葉には違和感を覚えます。社会の構成員ということを考えるならば「学生」を埒外におくことは意味がないと思うのです。無論、初等中等教育課程も含めてですが。
    もっとも、政策的に生涯学習社会をうたいはじめたときに、旧来的な「社会人」は失効していたのだと思います。
    シニア層の開拓という意味では関西大学の取り組みは面白そうですね。
    http://www.kansai-u.ac.jp/Fc_let/topics/college-link/college-link.htm

  • 労働者又は会社人と言ったほうが実態に近いかも。。(小学生だって中学生だって社会を構成している立派な一員)。
    「労働者」がニュアンス的に一番近いかな?

  • むらかみさま、suzukiさま:
    コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、小中学生も主婦も高齢者も、みんなmember of societyであり、本来は「社会人」なんですよね。
    もっとも、社会に対して負っている義務や権利の範囲という点で、小中学生と成人とでは若干の違いがありますから、それぞれ「半人前のmember of society」、「一人前のmember of society」という感じでしょうか。これをうまく的確に表現できる日本語があるといいのですけれど。
    今使われている「社会人」は、確かに実態としては「会社人」や「労働者」に近いかも知れませんね。もちろん社会人には高齢者や主婦の方もいらっしゃいますから、これも完全に対応する言葉ではありませんが……。
    ちなみに海外の大学だと、日本でいう「社会人」のニュアンスに近いところで、「adult」等の表現を使っているところがあるようです。うむ、シンプルですね。

  • 初めまして。最近このBLOGを知り、読ませて頂いている大学職員blacksと申します。よろしくお願いします。
    文科省学校基本調査の社会人は「職に就いている者,すなわち,給料,賃金,報酬,その他の経常的な収入を目的とする仕事に就いている者。ただし,企業等を退職した者,及び主婦なども含む。」だそうです。意味不明ですね。
    フリーターなどは、長期勤務で「経常的な収入」があっても含まないようです。派遣社員、フリーライター、辞職後学生であった者など、学生の職歴と細かく照合すればするほど、「社会人」とは何かが不明になります。調査ですから、明確に「正社員として6ヶ月以上勤務した経験のある者」とかにして欲しいものです。
    参考:平成18年度学校基本調査 高等教育機関用調査票様式(PDF:988KB)[http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/06020203/013.pdf]
    大学院学生内訳票(p.9) 記入上の注意-6