韓国の大学と企業が取り組む、「企業適合型人材教育」

マイスターです。

韓国の大学の取り組みについて、興味深い記事を見つけたので、ご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「大手企業、『企業適合型人材育成』教育に本腰」(東亜日報)
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=020000&biid=2006092110538
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「機密(Confidential)」

20日午後、京畿道水原市長安区泉川洞(キョンギト・スウォンシ・チャンアング・チョンチョンドン)の成均館(ソンギュングァン)大学第1工学館。同大学では情報通信工学部半導体システム学科の1年生を対象とする「フレッシューマンセミナー」授業が行われていた。授業に使われるスライド資料ごとに「機密」の表示が目立つ。

(略)半導体システム学科は、三星電子が半導体専門人材を育成するために成均館大学に新設した学科だ。専攻科目の半分を三星電子社員のうち、博士号の取得者が講義し、3、4年生のときは三星電子で実習する課程も選択できる。カリキュラムが理論中心の他の学科とは一線を画している。

●半導体学科、機械科などに委託

三星電子のように国内のメジャー企業は、大学に「企業適合型教育課程」を設置し、優秀な人材を囲い込むのに力を入れている。この手の人材教育は、産業現場に直ちに投入できる人材を育てるということから、企業から熱い視線を浴びている。

大学側も企業の支援を受け、就職率を高めることができる。学生たちにも大部分奨学金と生活費が支援されるため、「企業―大学―学生」3者のニーズをいずれも満たすことができる。

三星電子の半導体システム学科の学生は、授業料(一学期約400万ウォン)と生活費(月66万ウォン)を支援され、三星の職務適正検査(SSAT)にパスすれば、三星電子に入社できる。

修士・博士課程まで支援され、研究を続けることもできる。そのため、今年7月に科学高校の生徒だけを対象にした随時1学期の募集の競争倍率が6.4倍にもなるほど、人気が高い。

●実習中心教育…高い競争倍率

現在、三星電子をはじめ、現代(ヒョンデ)自動車、LG電子、ハイニックス半導体、(株)マンド、LG化学など、国内の大手企業が理工系を中心に企業適合型人材教育を行っている。

とりわけ、LG電子は国内大学で運営する企業適合型教育である「LGトラック」のほか、「グローバルLGトラック」課程を運営し、注目を集めている。同社は昨年、インドネシアの名門工科大学であるバンドゥン工科大学(ITB)から志願者を募集し、高麗(コリョ)大学に教育を委託した。

企業適合型教育課程を経て入社した社員に対する評価も高いほうだ。自動車部品会社である(株)マンドは、04年の初め、慶北(キョンブク)大学機会工学部3年生のカリキュラムに「自動車のシャーシおよび車両の動力学」など、5科目を開設した。

同課程の受講生15人のうち、留学生と休学生を除いた9人が今年1月、(株)マンドに入社した。彼らに対し、同社の人材開発チームのシン・ジョンクク部長は「業務適応のスピードが速い」とし、「入社が予定されていただけに、新入社員でありながらも自ら『ビジョン』を作り出すなど、業務態度もいい」と評価した。

ところが、幅広い教養を積むべき大学で業務本位の教育のみ強調することへの懸念の声もある。

成均館大学情報通信工学部の李七其(イ・チルキ)教授は、「半導体システム学科は、一般工業大学とは違って低学年の時から実習中心の専門教育が受けられるのがメリットだ。しかし、専攻に偏ったあまり、学生たちが教養科目をおろそかにしているのが残念だ」と述べた。
(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

韓国の高等教育では、ここまでのことが行われていたのですね。

企業の「寄付講座」というのは日本にもあります。授業の講師を企業の社員達が担当し、授業の実施に関する金銭的負担も企業が負担するというものが多いでしょうか。
会社の事業を授業で説明し、学生の目を自社に向けることで、優秀な卒業生を採用するきっかけをつくる、というのが、企業側の主な目的ですね。

それでいくと、上記の文中に出てくる成均館大学・半導体システム学科の事例は、ほとんど「寄付学科」とでも呼べそうなものです。

学科の専攻科目の半分は、三星電子の社員が担当。学生には授業料に加え、生活費を企業が支給。そして卒業時には、通常必要となるはずの入社試験をパスして三星電子に入社できる……。
もはや、「企業が大学に教育プログラムを提供する」、というレベルを通り過ぎ、大学が企業の付属機関のような役割を果たすに至っている状態です。

しかもこの東亜日報の記事を読む限り、韓国の主要なメーカーが同様の取り組みを様々な形で展開しているようなのです。
「企業適合型(人材)教育」というのは聞き慣れない言葉ですが、このように企業が大学の中に学科やコースを開設する動きが、どうやら韓国で広まってきているということのようです。

皆様は、こういった取り組みについて、どう思われますか?

こういった動きにはメリットとデメリットがありますよね。

メリットは、↓こんなところでしょうか。

○実際の産業に直結した教育を学生に提供できる。
○学生と大学は、教育にかかるコストを抑えられる。
○学生は、希望すればほぼ確実にエンジニアとして就職できる。大学は、就職率をアップさせられる。企業は、自社が求める優秀な人材を確保できる。

また、現場で活躍している社員達とふれあえますし、「自分もいずれはこのチームの一員に」という実感も持ちやすいと思います。おそらく、学生のモチベーションは高いんじゃないでしょうか。
なんだか良いことずくめに思えますね。大学、学生、企業がそれぞれ、メリットを享受している形です。

一方、デメリットはと言うと、

○企業の意向に合わせてカリキュラムが編成されるので、企業の事業に、大学の学びが振り回されるおそれがある。
○企業での業務と直接関わらない授業(例えば教養科目)が、軽視される可能性がある。
○特定企業と密接に関わりすぎると、他の企業と関係を築きにくくなる。

…といったところが挙げられそうです。

メリットは多いのですが、デメリットの方も無視できませんね。
というのもこれらのデメリットは、大学が大学として存在する理由、大学の存在意義といったものに関わってくるものだからです。

特定企業の要望に沿ったカリキュラムにしすぎると、
「じゃあ、大学じゃなくていいじゃないか。
 企業の中に、付属の技術者養成学校でも作ればいいじゃないか」

ということになります。

冒頭でご紹介した記事を読んで、眉をひそめる方もおられたと思います。
こういったデメリットの部分が気になる方ですね。
一方、「デメリットはあるものの、優れた技術者を育成できるというメリットの方も非常に魅力的だ」と感じた方もいることでしょう。

マイスターとしては、学科丸ごとを企業に預けるのはどうかと思いますが、特定のコースやプログラムを特定企業と合同で開発・提供するような取り組みは悪くないんじゃないかと思います。デメリットの部分をなるべく減らしつつ、メリットの部分は享受できるような道を探すということです。
「カリキュラムに企業を関わらせたら、もう大学じゃない!」…と言ってしまうのは簡単なのですが、それではもったいないよなぁ、と、個人的には考えます。

・「入学前に復習 大学『中高レベル』指導に力」
http://blog.livedoor.jp/shiki01/?blog_id=393964

↑たまたま昨日の記事が、高大連携に関するものでした。マイスターはこの記事の中で、

高校と大学とがより深く、より長い期間にまたがった連携をして、すばらしい学生を社会に送り出していくというような、そんな連携のあり方はないでしょうか。

…と述べました。

連携するにあたって、どの部分を密接にし、どの部分は距離をおくか。
どういうメリットを強め、どういうデメリットを弱めるか……。
高大連携と、企業と大学との連携には、計画する上で色々と共通する点がありますよね。

試行錯誤しながら良い点は伸ばし改善すべき点は直して、魅力ある教育プログラムを作っていきたいものですね。

以上、マイスターでした。