大学病院による、新卒看護師の争奪戦 

盲腸の手術で入院した経験があるマイスターです。

しかも、よりにもよって高校3年生の夏でした。

病院のベッドの上で受験勉強しているマイスターを、同室の患者さん達や病院のスタッフのみなさんがあたたかく見守ってくれていました。
特に看護師さん達は、お仕事が超多忙でしょうに、明かりは足りているか、ノートが書きやすいテーブルを持ってこようか等々、あれこれと気にかけてくれていました。

今でも、誰かのお見舞いで病院の入院病棟に行く機会があると、そんなことをふと思い出します。

ところで、医学部を持っている大学は通常、大学病院を併設していると思います。
今日は、その大学病院で起きている話題をご紹介しますね。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「東大300人 京大100人 国立大が看護師大募集」(京都新聞)
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006082200121&genre=G1&area=Z10

■「首都圏の病院“攻勢” 看護師の争奪戦も過熱 秋田」(河北新報ニュース)
http://jyoho.kahoku.co.jp/member/news/2006/08/20060825t43038.htm

■「国立大病院「求ム看護師」 九大も250人予定」(西日本新聞)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20060822/20060822_002.shtml

■「特集ワールド:すごいことに!なっている。 看護師争奪」(MSN毎日インタラクティブ)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/kenko/news/20060823dde012100002000c.html

■「富大附属病院が看護師採用増 手厚い医療サービスを」(富山新聞)
http://www.toyama.hokkoku.co.jp/_today/T20060822003.htm

■「県内で看護師不足が深刻化」(東奥日報)
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/0612/nto0612_2.asp
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東京大学の300人をはじめ、各地の国立大学病院などが来春採用の看護師を大募集している。医療制度改革に合わせ、臓器移植など高度医療を支えるスタッフの充実を図る狙い。だが引く手あまたの看護師集めは容易ではなく、教授陣も看護学校を行脚するなど、人材確保に汗を流している。
東大医学部付属病院(永井良三病院長)は2007年度に06年度の2・5倍に上る300人を募集する。年に100人程度生じる欠員補充だけなら、従来は看護部が関東で集めてきた。だが、今回は病院一丸となって全国から人材を募る必要がある。
このため9月に東京以外の札幌、仙台、新潟、大阪、福岡で初めて新規採用者の選考会を開催。教授ら医師もパンフレット持参で、看護系大学や看護学校を訪問中だ。
(略)
京都大医学部付属病院(内山卓病院長)でも今年6月、病院の教授会に当たる病院協議会で看護師の増員を決定した。現職の離職防止と新規採用増に向け、病院全体で取り組みを進めている。現在約740人の看護師を100人以上増やすことを目指して公募するとともに、今後、病院内にも看護師募集のポスターを掲示し、職員や関係者を通じて募集活動を続けるという。
官業時代の国立大は定員増が難しく、看護師の配置は私立大より手薄だった。だが国立大学法人化で経営の裁量が拡大。医療制度改革に伴い、06年度から手厚く看護師を配置した医療機関の診療報酬(入院基本料)が値上げされ、増員のコストを賄えるめども付いた。
このため東大や京大のほか、北海道大(210人)東京医科歯科大(本年度の追加募集を含め190人)など、看護師の大量募集が相次いでいる。東大病院は「現役の引き抜きなどで地方の病院に迷惑を掛けないよう、新卒者中心に08年度も募集を検討する」という。

(京都新聞記事より。強調部分はマイスターによる)

九州大病院(水田祥代病院長)も2007年度に、04―06年度の各70人の3.5倍となる250人の募集を予定している。心筋梗塞(こうそく)や脳卒中、頭部損傷などの重篤救急患者を24時間体制で受け入れる「救命救急センター」を8月に開設するなど、組織改編に対応するためで、同大病院職員らが人材確保に飛び回っているという。幹部の1人は「大都市圏の民間病院の中には、地方の学生に支度金を用意するところもあると聞く。看護師の獲得競争は厳しさを増している」と話している。
(西日本新聞社記事より。強調部分はマイスターによる)

大学病院が、必死に看護師の採用活動を進めています。しかも各病院とも、数十人、数百人というレベルでの募集です。
したがって医学部を持っている大学では、看護職員が今後、急増する可能性があります。

新卒の看護師(のタマゴ)の皆様は、完全な売り手市場です。
どのくらい売り手優位かを読み取れる記述が、MSN毎日インタラクティブの記事にあります。

ハロー・キティの文房具やハンカチのプレゼント、お菓子の抽選会、果てはスタンプを集めて抽選に当たるとハワイ旅行--。歳末大売り出しのようだが、ここは看護学生のための国内最大級の合同就職説明会である。7月末の日曜日、東京・有明の東京国際展示場(ビッグサイト)のホールで開かれた。

午前10時の開場前に入り口に並んだ400人は、リクルートスーツ姿に交じり、Tシャツとジーンズ姿の学生も。余裕がうかがえる。迎えるのは慶応大、順天堂大などの大学付属病院や、虎の門病院、国立病院機構などで、関東を中心に131団体がブースを構える。各ブースは「くまのプーさん」などのぬいぐるみでラブリーに飾り付けられ、スイーツの当たる抽選会で、けなげに乙女心をくすぐろうとしている。

会場では「声をかけるのはブースの前でお願いしまーす」という放送が繰り返される。入り口付近で学生を「キャッチ」する関係者が相次いだためだ。学生が一部の病院に集中しないよう、五つのブースのスタンプを集めるとハワイ旅行があたる豪華抽選会まで行われた。
(MSN毎日インタラクティブ記事より)

すごいことになっています。

不況を脱してきて、どの業界も人材採用を活発化してきているとは言え、この様子は尋常じゃありません。
今年は看護系学部の就職率も跳ね上がることでしょう。

どうしてこんなことになっているのでしょうか?

各メディアの記事を見ていると、国立大学の法人化で経営の裁量が拡大したとか、高度な医療に対応するための新センターを各院が開設しているからとか、元々看護師は離職率が高いとか、様々な理由が書いてあります。
でも、今年になって急に数百人も増員する大学病院が相次いでいるというのは、何か他の要因がありそうですよね。

その本当の理由は、どうも、↓このあたりにあったみたいです。

■保険点数アップ

説明会は就職情報サービス業のアンファミエが主催した。この日集まった看護師の卵は1153人。町田守・医療事業部長は「今年は超争奪市場です。例年は就職先が限られる地方の人材を都市の病院に紹介しているが、今年は全国的な人材不足。20年近い経験があるが初めてのケース」と異常な状況を説明する。

なぜ、こんなことになっているのか。厚生労働省の医療費抑制策の一環で、今年4月、診療報酬が改定されたのだ。厚労省によると、全体で3・16%の削減で、医療機関にとっては減収になる。一方で、増収の可能性が残るのが看護師の配置。他の先進国並みの手厚い看護をと、新たな基準が設けられた。

従来は勤務する看護職員の1日あたりの平均人数が患者10人に対して1人いる場合が「最高水準」で、これに認定された病院の入院患者1人あたりの保険点数は1209点(1点10円)だった。改定により「10人に1人」の場合は1269点、さらに「7人に1人」なら1555点となった。「7人に1人」という認定を受ければ、ベッド数1000床の病院なら「10人に1人」に比べ、1日286万円、年間10億円も収入がアップする。もちろん、そのためには約4割も看護師を増やさなければならず、争奪戦になる。

昨年12月に厚労省が発表した第6次看護職員需給見通しでは、今年、全国の病院・診療所などが必要としている看護職員は131万4100人で、看護師は4万1600人が不足。医療関係者の間では「東京の大病院が地方の看護学生に100万円の支度金を提示したが断られた」などという情報まで飛び交う。
(MSN毎日インタラクティブ記事より。強調部分はマイスターによる)

そう、看護師を多く抱えている病院ほど、診療報酬を多く取れるように、制度が改正されたのです。
各病院が急激な看護師増員に走っているのは、これが原因でした。
看護系学部を持つ大学や、看護専門学校の就職課にとっては、まさに特需!です。

患者にとっても手厚い看護が受けられるようになり、病院は報酬が増え、学生は就職口が確保される、ということで全員にメリットがあるように思えます。……が、ただ実際はそう単純でもないみたいです。

冒頭の報道でも指摘されていることですが、今回の制度改革の結果、病院が求めているのは、看護師の「アタマ数」なのです。スキルを持っていない新卒だろうが、何十年も勤続したベテランさんだろうが、とりあえず増員することが目的なのですね。
ゆえに各院とも、人件費の安い新卒看護師を積極的に採用しているわけです。
(そして、記事によれば大学病院の看護師はだいたい3年程度で辞めるそうです。辞めた分のアタマ数は補充しなければなりませんよね。ですから今年ほどではないにしろ、今後も新卒看護師の需要はある程度高いままだということになりそうです)

でも、「看護師の3割とか4割とかが新人の病院」って、どうなのでしょう?
急激な増員にもうまく対応しながらでも新人教育を十分に行える病院はいいのですが、そうでない病院だって少なくないはず。
経営上のメリットはいいのですが、教育・診療体制にツケがまわってこないよう、最善の工夫をすることが大事だと思われますが、そのあたりに問題がおきないのか、心配です。

そもそもこれだけ急激に需要が増えると、「これまでなら就職できなかったような質の低い学生」でも大病院に配属されるという事態が出てくるはずです。
学生を送り出す側の看護系学部や看護専門学校には、人材市場の盛況に甘えて、卒業条件を甘くするなどのことがないようにしていただきたいものですね。
現在のように手当たり次第の採用を行っていると、数年後、質の高い新人とそうでない新人との違いが、ある程度出てくると思います。学生を厳しく鍛え上げていた学校の評価は高まりますし、いい加減な学生を卒業させていた学校の評価は下がるでしょう。今回の活況は学校の教育レベルをアピールする良い機会。むしろこれまで以上に卒業を厳しくするくらいがいいのでは、という気もします。

そんなわけで今日は、看護師の急激な需要増を報じる記事をご紹介いたしました。
医学部を持つ大学や看護系学部を持つ大学には、様々な面で影響がありそうです。

大学病院の看護師も、「看護職員」という位置づけではありますが、大学のスタッフには違いありません。「制度が少し変わっただけで、大学スタッフの人数や構成に大きな変化が起きることがある」という一つの例かも知れませんね。

以上、マイスターでした。

4 件のコメント

  •  そうです。この加熱ぶり。特に国立大学病院が燃えているのは特定機能病院の要件に7:1体制が入りそうなんです。そして、先進諸国なんてもっと看護体制が厚く、1:1なんてざら(いつもではないですが)おそらくもっと、厳しくなるでしょう。
     しかし、嘆かわしいこと、文部行政と厚生行政、そして国の背策がばらばらであること。国は人件費減らせというが一方で厚生省が看護師増やせ。さて、この経費どこから出すんでしょうか・・・。診療報酬制度が傾いていますが、いつまでつづくか・・・、国立大学病院は変な意味激流にもまれています。

  •  私は今春から某大学病院で働いている新人看護師です。新人看護師の教育体制が整っていないまま、人員確保のための増員をした波が押し寄せています。また、大学病院の看護師の離職率が3年くらいとのことでしたが、そうする人の気持ちもよくわかります。大学病院にいては、ただの頭でっかちになり、技術はさほど身につかないからです。いずれは故郷に帰ろうと考えている看護師にとっては、3年が限界でしょう。

  • つづきです。
    また、人間関係も劣悪なことが多く、ナース版「白の巨塔」のような構造が存在しています。古臭い考えを持ったベテラン看護師は、新人に対し必要以上に厳しく、その人本来の良さをつぶしてしまいがちです。そんな状況ではとうてい患者のための看護なんてできません。プライドが高いのは結構なことですが、プライドの持ちかたをはき違えている人が多いようです。日本の医療の未来を明るくするためには、もっと看護師の環境を整えなくてはいけないと感じました。