マーケティングで大切な事の一つに、「選択と集中」があります。
企業では、マーケティングリサーチを行って市場と自分達の情報を収集・分析したら、それをもとに「自分達はこの分野を特に押し出していくべし」という戦略を立てます。
全ての商品を同じ扱いにするのではなくて、「会社として力を入れていく商品」というものを設定するのですね。
で、そうした商品は、それ相応の扱いを持って、アピールしていくわけです。
100種類の製品があったら、100種類すべてを均等に宣伝したりはしません。
上位のいくつかの売れ筋製品を「別格」に設定し、それらには多大な広告費、宣伝費を投入します。その他の製品とは区別して扱われるのですね。
製品の開発者からすれば、
「会社は、第一開発部が開発した製品ばっかりカネかけて宣伝しやがって、俺たち第二開発部の製品には、ちっとも金をかけてくれないじゃないか。ちくしょう」
みたいな不公平な扱いが常日頃から行われているような状況です。
でもこれは当たり前ですよね。
企業の営業部門や宣伝部門はあくまでも、「実績をあげているもの」、「これから実績をあげそうなもの」という観点で動きます。売れない製品に、売れる製品と同じだけの宣伝費を使うわけがありません。
その結果、売れてない製品の開発者がぶーぶー言おうと、知ったこっちゃありません。営業部や宣伝部は会社のために金を稼いぐ、具体的な成果を出すというのが使命ですから、売れていない製品の開発者に配慮するなんてのは、二の次三の次です。
(逆に、それまで扱いが低い開発者でも、「これは売れそうだ」と判断される製品を開発したら、きちんと力を入れて宣伝してもらえます)
こうして売れない製品は、いっそう売れなくなり、市場から消えていきます。売れる製品は、いっそう売れるようになります。企業の内部でも、こうして製品同士で常に競争と淘汰が繰り返されているのですね。こうすることで市場のニーズに応えるのです、企業全体の競争力も保たれるわけです。
・外部からの見られ方 「○○大学といえば~」 を知ってみよう
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50225119.html
↑こちらの記事で書かせていただきましたが、大学と言うのは、この「選択と集中」があまり得意ではありません。
そこで今日は、ひとつキーワードをご紹介します。
【steeple(スティープル)】
原義は、教会等にある塔のこと。
転じて、突出する、目立つという意味。マーケティングにおいては、「強みを持っている部分をアピールする、「得意分野に資源を集中的に配分すること」という意味合いを含む。
耳慣れない言葉かも知れません、steeple。でも、アメリカの大学経営について学んでいたら出てきた言葉ですから、大学からそう遠く離れた言葉でもないのかな、と思います。
ヨーロッパの街並をご覧になった方だと、原義のイメージがわくかもしれません。
ヨーロッパでは大抵、街の中心に、教会と広場があるのですよね。で、にょきっと突きたった教会の塔(steeple)が、街のどこからでも、見られるようになっているのですよ。
れんが造りの迷路のような街の中で、どこにいても教会の位置が分かるような特徴。これが、steepleということです。
大学経営の話で使うときは、まさに、「その大学の事を知らしめている、ウリの部分」のような意味で使われます。
例えばアメリカには、「郊外にあって、小規模で、先端研究などはほとんど行われていないが、しかし世界最高峰の教育をしているリベラルアーツ・カレッジ」みたいな大学があります。
あるいは、「どの学部もそこそこの内容を備えているが、中でも特定学部の評価が突出して高く、その学部の教育分野においてだけは、全米トップランキングにいつも入っている中堅大学」みたいな大学もあります。
これがまさに、steepleです。
教育においても、研究においても、このようにどこか一点でトップクラスの競争力を持ち、そこで勝負している大学というのが、アメリカには結構あるようです。
これは、マーケティングの中で、steepleを実践した結果だと言えます。
(もともとその分野に強かったのをより強調していった大学と、もともとは何もなかったが一点集中で投資し、steepleできるようにしていった大学とがあると思います)
このように強みをアピールするということは、顧客の方を向いて、そのニーズに真摯に応えようとすることに他なりません。自分達に何が求められているか、自分達が何を達成すべきかを考え、行動に移すこと、それがsteepleです。それはまた、大学として達成すべきミッションを、社会に対して明確に打ち出すということでもありますね。
steepleするためには、ヒト・モノ・カネの資源を集中的に配分することが大切です。弱い部分を切り捨て、自分が勝負できる分野に特化することが、競争の激しい市場で生き残るためには欠かせません。
したがいまして、競争激しい大学経営においても本来、steepleすることは必要なのです。
しかしながら日本の大学では、一部の学部や学科を突出させてアピールしている例はあまり見かけませんよね。
自分の強みをはっきり打ち出している大学よりも、ぼんやりと特徴のない大学の方が多いような気がするのは、マイスターだけでしょうか。
COEプログラムが採択された時には、「この大学は、実はこんな分野が強かったのか!」という発見がいくつかあり、マイスターはおどろきました。失礼ながら、それまでは全然知らなかったけれど、研究ではsteepleできる部分を持っていた大学、というのを、いくつも知りました。
でもつまり、それまでは社会に対してそういった点がsteepleされることがほとんどなかったということではないかと、マイスターは思ったのです。「その分野の研究者達には知られている」というレベルで、大学人達は、すっかり満足してしまっていたのでしょう。
教育に関しては、なおさらそうです。
「日本の○○学教育において、実はこの大学の教育に対する評価は、とても高い」
ってこと、本当は結構あります。でも残念ながら、実際に入学して、卒業した後くらいでないと、誰もそれに気付かないんですよね。
本当はかなりウリになる部分なのに、社会に対して、steepleしていないわけです。
だから、誰も、その大学のそういった部分が見えないし、気付かないわけです。
塔を持たない教会の位置が、とてもわかりにくいのと同じです。
どうして、そんなことになってしまっているのでしょうか。
それには、大きく分けて2つの理由があると、マイスターは思います
○大学を取り巻く環境や学内資源についてのResearch と Analysisの欠如
特定分野に資源を集中投下するためには、その分野で勝負できるということを確信させるだけの情報が必要です。でも、そうした情報収集、およびその分析を、日本の大学は十分に行っていません。
たま~に、思い出したようにアンケートなどをとったりして、どこが大学のウリなのかを調べようとしてもが、「分析」部分が十分でないことがほとんどでしょう。(大学が行う調査にはすべて言える事なのですが、調査を行っただけで満足してしまい、その結果をどう活用するが考えられていないのです。したがって、調査結果のデータをそのまま皆で共有して終わりです。統計と大学経営についての知識をもち、データから情報を読み取れるような専門のスタッフが、時間をかけてじっくり「分析」していくことが本来大切だと思うのですが、そこまでやっている大学はほとんどないでしょう)
したがって、どの分野でsteepleしたらよいかということを、誰も説得力のある形で学内に説明できないのです。
単に「ウチの学科は産業界から評判がいいんだ!」とか、「ほかの学科よりちょっと就職がいいぞ」みたいなレベルで話をしていても、埒がありませんよね。
○トップマネジメントの機能不全
勝負をかけるべき分野が明らかになったとしても、トップマネジメントが機能不全では、それを実行させることはできません。
日本では、「重要事項を審議するために教授会を置かねばならない」という学校教育法59条の記述を根拠に、大学経営に関するあらゆる問題が教員組織による議論によって決議されています。
それについての評価は様々です。いい点も悪い点もあるでしょう。
ただ、この慣習はしばしば、「全ての学部学科が同じ位置づけ、同じ重みであるべきだ」という悪平等主義を招く原因になってはいないかと、マイスターは感じることがあります。
大学のガバナンスは特殊です。教学面はもちろんですが、経営に関する事項や広報戦略などに関する事においてまで、各種の決定事項について実質的な決定権を持っているのは特定のマネージャーではなく、教員による委員会組織です。
彼らは、本来なら、専門の論文の生産を主な職務と自任する研究者であり、経営の専門家ではありませんよね。でも、学長や理事などの経営トップは学科組織に籍を残す教員でもありますから、経営上の決定に関しても教授会の意向を無視できないのです。
(これは、教員にとっても不幸な事です。会議に次ぐ会議で時間をとられ、本来のスペシャリティである研究と教育のための時間が減っています。
「こんなことまで、なんで自分達が決めなけりゃならないんだ」と疑問を感じながら、会議に出ていることも、少なくないのではないでしょうか)
全員参加の合議制(と言いつつ、職員は参加できないんですが)で物事を決めていては、steepleなど、できるわけがありません。
「本学は○○を特に強みとする大学である」と社会に宣言するには、強力なトップの意思決定が必要です。でも、日本の大学ではこのように、組織ガバナンス上、それが許されない仕組みになっていることが多いのではないでしょうか。
いかがでしょうか。
「steeple」という言葉を考えていくだけでも、以上のような問題点がぼんやりと浮かんでくるわけです。
我が国の大学も現在、大学改革と称して様々な取り組みを行っています。しかしその中には、あまりに総体的でどこが要点なのか顧客に伝わらないと思われるものも少なくありません。また、一見steepleしているように思われる事例でも、それは一時的・限定的な試みでしかないことが多いように思われます。
しかし少子化が進み、大学・短大への進学率が50%を超えた今、市場は、「この分野が得意である」と明確にsteepleできる大学を求めているのではないでしょうか。
こうした市場のニーズに対応していくためにはまず、市場の状況と学内の資源それぞれについて、Research & Analysis をしっかり行っていく体制作りが不可欠です。
そしてその情報を元に戦略を立て、学内を動かしていけるだけの経営陣が、確固とした態度でトップマネジメントを行っていくことが求められるように思われます。
「steeple」という行為は、マーケティングを進める過程においては、避けて通れないものです。
社会に対していかにうまくsteepleできるか、そのために学内をいかにうまく説得できるかということが、今後、日本の大学のマーケティングを成功させる上で重要な部分になってくるのではないか、マイスターは、そう思うのです。
以上、マイスターでした。