ISO9001やJABEEをアピールする

マイスターです。

教育の質を保証するのって、大変です。
大学では就職実績が、高校では進学実績が、主な「成果」として使われてしまいます。
でもその方法だと、必ずしも教育のおかげで達成された実績なのか、わかりません。

そんな中、↓こんな報道を見つけたので、ご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「『生徒はお客様』。盛岡中央高、ISOで教育向上(岩手)」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/20060711wm00.htm

■「高校初!ISO9001に思いを込める先生」(学校てくてく隊)
http://www.e-gakkou.net/teacher/041/index.html

・「盛岡中央高がISO認証 生徒を顧客ととらえ学校運営マニュアル化」(盛岡中央高等学校プレスリリース)
http://www.chuo-hs.jp/about/iso9001.html
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盛岡市の私立盛岡中央高校(富沢正一校長、生徒数1164人)が、5月に品質管理システムの国際規格「ISO9001」の認証を更新した。同校は2003年、高校では全国で初めて同規格を取得。生徒を「顧客」とみなし、授業や学校活動について生徒からの意欲的な要望は積極的に吸い上げ、「顧客が満足する」教育を目指す。大学への進学率は伸び、同校を志願する中学生も増えてきた。

「昨年の選択授業が予定の範囲まで終わりませんでした。きちんと先生を指導して下さい」。4月下旬、職員室前の質問提案箱に生徒から投書が寄せられた。学校側は、1週間以内に回答を、この生徒あてに掲示板に張り出した。「熱意のある意見をありがとうございます。今後の授業が充実するように改善します」という内容だった。
(略)
審査を受けるにはまず規格が定める項目に沿って、品質管理の仕組みを構築する。同校は01年度から、生徒や保護者らを「顧客」、教育内容を「製品」に見立て、授業の進め方から入試手続きなどの事務作業までをマニュアル化し、教育水準の向上を目指した。03年度には「国公立大学合格者40人以上」「進路内定率90%以上」といった目標を掲げた。

当初、前例のない試みに、教職員から「生徒は顧客ではないし、教育は数値化できない」と抵抗もあったが、少子化への危機感から導入の手続きを進めた。こうして同校は03年5月、ISOを取得した。

結果は上々だった。03年度の国公立合格者は47人、進路内定率は100%で目標を達成した。05年度の合格者数はさらに69人に伸び、01年度と比べ3倍以上になった。受験する中学生の数も、この5年で約1・3倍に増えた。

教職員は毎年3月に目標の達成具合を振り返り、達成できなかった場合は原因を分析する。これを基に、新年度の目標が決まる。各教科の担当者や職員は丸一日議論して、具体策を考える。中田義計教頭は「ISOは取った後が大変。目標のハードルを少しずつ高くして、手段も変えていかないといけない」と明かす。
(読売オンライン記事より)

盛岡中央高校(富澤正一校長)は、先月30日付で品質管理の国際標準規格ISO9001を取得した。同校によると高等学校でのISO9001の取得は全国でも初めてという。国公立大学現役合格50%以上、進路内定率90%以上などの数値目標を掲げ、生徒・保護者・卒業生を顧客としてとらえ、顧客満足度の向上を目指す。

同校がISO取得への取り組みを始めたのは2001年(平成13年)の7月。入試前の市場調査、入試、授業など学校運営を12の業務プロセスにわけ、それぞれに支援マニュアルを作成。責任と権限をはっきりとさせた。

例えば、入試業務は採点、結果発表など一つ一つの仕事にマニュアルを作り、そのマニュアルで行動する。そのために会議をする必要がなくなったとしている。

同校自動車科は「以前は機械などが散乱していたり、場所が変わっていたりしたが、今ではいつお客さまが見えても安心して見せることができるくらい整然としている」とマニュアル化による業務改善効果を説明した。

中田義計教頭は「教育には数値化できる目標と数値化できない目標がある。数値化できるものを数値化することで、学校は問題点をはっきりと知ることができる。学校運営のトラブルなどをマニュアル化してまとめることで、学校として常に同じ品質での教育を行っていくことができる」と教育機関がISOを取得することの意義を強調した。
(盛岡中央高校プレスリリースに掲載された「盛岡タイムス朝刊」より)

というわけで、ISO9001で教育の質の向上をアピールする、盛岡中央高校の試みです。

記事にもあるように、ISO9001とは、品質管理に関する国際標準規格です。
工業製品のような製造物だけでなく、目に見えないサービスの品質管理もカバーしているのが特徴です。盛岡中央高校は、このISO9001を、同校の教育サービスの品質管理に適用したのですね。
高校で、こうした認定を受けるのは、極めて珍しいと思います。

ISO9001の品質管理は、おおざっぱに言って、

○目指す「品質目標」を設定する
○その目標を達成するためのプロセスを、厳格に設定し、実行する。常に方法が最適かどうか見直しを続ける

……という流れで行われます。

この「品質目標」は、あいまいな文言や理念のレベルではダメです。大きな理念も、通常、数値化された目標にまで落とし込まれます。
そうでないと、達成されたかどうか、厳格なチェックができないからです。

盛岡中央高校の場合は、

1. 国公立大学現役合格率50%以上を目指す
2. 国公立大学合格者数40名以上を目指す
3. 進路内定率90%以上を目指す
4. 各種資格合格率70%以上を目指す

というのが、2006年度の品質目標。この目標を達成するために、校内のあらゆるプロセスをシステム化しているというわけです。

この品質目標が意味するところは、進学実績の向上です。ですからこれだけ見ると、他の進学指導校との違いがあまりわからないかも知れません。
でも、盛岡中央高校では、目標達成のために、

「25種類の業務マニュアルの完成」
「不適合報告、是正処置報告、予防処置報告の徹底管理」
「内部監査(自己点検)と外部監査(第三者評価、審査機関による監査)の実施」

など、厳密な品質管理手法を用いているのです。ここが、他校と異なるところです。

ところで、同校のプレスリリースページを見ると、過去数年間、受験者数が増加し続けているのがわかります。ISO9001を取得したのは平成15年ですが、学校改革に着手した平成7年から、変化が現れ始めていますね。

これはつまり、「ISO9001を取得したから受験者が増えた」というよりも、

「教職員が顧客第一主義の意識を徹底し、学校改革に乗り出したから、学校のサービスレベルが上がり、受験者が増えた。ISOはその途中の、努力の目安として取得された」

ということなんだろうと、マイスターは思います。これは、とても大切な事実だと思います。
最後に、プレスリリースから一言ご紹介。

顧客満足に関して、私はいつも感じることがあります。それは、顧客からの苦情は、顧客満足度が低いことの一般的な指標となるわけですが、反対に、顧客の苦情がないことが必ずしも顧客満足度が高いということを意味しているということではないということ、さらに、顧客要求事項が顧客と合意され、満たされている場合であっても、それが必ずしも顧客満足度が高いことを保証するものではないということです。
そして、「良い施設は悪いサービスを補うことはできないが、良いサービスはある程度まで悪い施設を補うことができる。」これは、私の好きな言葉です。立派な食堂やプールなどのすばらしい施設があっても、先生が良いサービス(教育)をしなくてはその施設は活かされないと思います。しかし、本校のように食堂もなく、グラウンドが狭くとも、それを良いサービス(教育)によって、生徒の満足度を高めることはできるのではないかと思っています。
盛岡中央高校プレスリリースより)

↑これ、いい言葉だと思います。
目をひく豪華な設備がなくても、サービスの質を向上させることで、顧客満足度を上げることはできるのです。私達も見ならわなければなりませんね。

さて、このISO9001ですが、大学にもいくつか導入事例があります。
大学病院には事例が多いのですが、学部教育でISO9001を取得しているケースもあります。

【鹿児島大学水産学部】
■「平成17年度「特色ある大学教育支援プログラム ISOを活用した教育システムの展開 -ユニバーサルアクセス時代への展望-」(鹿児島大学)
http://www.fish.kagoshima-u.ac.jp/HP2004/iso_gp/isogp.htm
■「平成17 年度 特色ある大学教育支援プログラム 採択取組の概要および採択理由」(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/07/05071904/004/003/004.pdf

【聖徳学園(幼稚園から大学院まで)】
■「聖徳学園が全学園でISO9001、14001国際規格を認証取得」(聖徳学園)
http://www.seitoku.jp/gakuen/iso/

【玉川大学(工学部の3学科)】
■「玉川のチャレンジ:アクレディテーション」(玉川大学)
http://www.tamagawa.jp/introduction/challenge/accreditation.html

また、学部教育とは異なりますが、↓こんな事例もあります。

【東京工業大学 教育工学開発センター】
■「業務品質管理システムのさらなる向上をめざして -ISO9001:2000取得-」(東京工業大学 教育工学開発センター)
http://www.cradle.titech.ac.jp/ja/director200304.html

マイスターが見つけたのは以上ですが、他にもケースがあるかも知れません。
上記の事例は、いずれも、

○教育のプロセスをシステム化している
○顧客満足度を測りながら、常に方法を検証する

という点が特徴なのかなと思います。

さて、ではこのISO9001の取得が、どのようなメリットをもたらすのでしょうか?

まず当然のことながら、教育の質が上がりますよね。質の低い授業はチェック→改善され、教育プログラム全体を常に検証しながら、より良い方法を追究し続けることになります。在学生たちは、多大な恩恵を受けます。
学生が卒業する時の満足度は、上がっていくことでしょう。

では、このISO9001を取得したことで、受験生は増えるでしょうか?
実は、マイスターは正直言って、ISOを取得したという事実だけで受験者が増えるとは、あまり思えないのです。

似たような事例に、工学系教育限定の「JABEE」という認定システムがあります。
大学関係者の皆様には、ご存じの方も多いでしょう。

■「JABEE(日本技術者教育認定機構)」
http://www.jabee.org/

JABEEとは、技術者教育の質を評価・認定する機構です。
このJABEEの認定を受けるには、カリキュラムを始め、教育プログラムについて、非常に詳細かつ厳格な調査を受ける必要があります。しかも数年おきにチェックを受けなければ、認定を維持できません。

なかなか厳しい認定ですが、大学教育の質を評価するシステムとしては、国内では数少ない成功例の一つとされています。

■「教育機関名別 認定プログラム」(JABEE)
http://www.jabee.org/OpenHomePage/program-institution.htm

↑現時点で、非常に多くの大学が、このJABEEの認定を受けています。

数年ごとのチェックや教育方法の検証、高度なシステム化など、あらゆる点でJABEEのシステムは、ISO9001の発想と似ています。

参考:■「JABEEがISO9001から学ぶべき事項と企業へのお願い」(電子情報通信学会)
http://www.ieice.org/jpn/jabee/jabee-iso.html

JABEEは技術者教育に特化したISO9001みたいなもの、と考えておいても、大きな間違いではないんじゃないかと思います。

マイスターは、このJABEEの取り組みは素晴らしいと思うのですが、ではJABEE認定を受けた大学がどこも受験生を増加させているかというと、必ずしもそうではないみたいなのです。

受験生が増えない理由はいくつかあると思いますが……

「認定の価値を、顧客達に伝えられていない」

というのも、その理由の一つなのではないかな、とマイスターなどは思います。

JABEE認定を受けた大学のパンフやwebサイトを見ると、
「ウチは、JABEEを受けてます!だからすごいんです!」
と、書いてあります。
「JABEEとは、技術者教育認定の仕組みのことで、これを受けているプログラムは、教育の質をちゃんと管理しており……」てなことが、誇らしげに書かれています。

JABEEは(ISO9001もそうでしょうけれど)認定を受けるのも、それを維持するのも、大変です。ありとあらゆる細かい点をチェックされますから、JABEEに関わる教職員達の労力は、相当なものです。
だから苦労した分、「ウチはJABEEだい!」という書き方でアピールしたくなるのも、わからなくはありません。

でも、これ、受験生に伝わるでしょうか?
そもそも、高校教員や、保護者の皆様は、JABEEの価値をご存じなのでしょうか?
正直言って、「JABEE認定を受けている大学から進学先を選ぼう」と考える高校生は、現時点ではあまりいないように思われます。

マイスターが思うに、多くの場合、大学側は「JABEEだからスゴイ」という書き方をしてしまっています。これでは、説明不足です。業界人である私達はこれでもわかりますが、一般人には、その価値は伝わりません。

認定を受けるくらい質が高い教育であるのなら、その質の高さを丁寧に、一般人にもわかる言葉で説明するということに注力した方がいいんじゃないかな、とマイスターは思うのです。

こんな教育をしている、こんなに丁寧に教える、授業アンケートの内容はここ数年でこれだけの水準をキープしている、学生が一年間に行う実習時間は○時間である、といった事実を説明し、はじっこに「ちなみにこの質の高いプログラムは、JABEEの認定も受けています」と書き添えるくらいが、ちょうどいいんじゃないかと思います。

上記のことは、ISO9001にも言えると思います。

JABEEやISOといった認定は、あくまでも教育レベルを上げるために、学内関係者が用いる「手段」です。
手段の部分を、顧客にアピールしても、あまり効果はないような気がします。

JABEEやISOの関係者には申し訳ありませんが、認定を受けているという事実それ自体は、(少なくとも現時点では)高校生にはあまり意味を成しておりません。
でも、それくらいレベルの高い教育であるのなら、取り組んでいる教育の内容を丁寧に説明すれば、高校生にもそのプログラムの良さは伝わると思います。

(どちらかというとISOやJABEEの名前は、学内に対して威力を発揮するものだと思います)

だから大学広報としては、「JABEEを取得しました!」とでっかく書いて満足するのではなくて、JABEEやISOの文字を極力使わずに、教育レベルの高さをわかりやすくアピールしてみせるくらいのことを目標にした方が得策なんじゃないかと思うのです。

今後、大学では、「認定」を受ける機会が増えてくると思います。
それに伴って、

「あんなに苦労して認定を受けたのに、ウチの受験者が一向に増えないのは何故だ!?」

というエラい人達の声を聞く機会も、増えてくると思います。

認定の価値をどのように伝えるかというのは、大学広報の課題になってくると思います。でも基本的には、常に組織の目線ではなく顧客の目線で考えるようにしていれば大丈夫なのではないでしょうか。

以上、マイスターでした。