マイスターが学生時代に聞いて、今でも「ホントかよ!?」と思っている話に、↓こんなのがあります。
山手線のエリア内で死亡事故や事件が起きたら、その解剖は東大病院か慶應病院で行われることに決まっている。他の病院には行かない。
中央線の北側で起きた事故なら遺体は東大病院に、南側で起きた事故なら慶應病院に搬送される。
したがって、中央線で人身事故が起きた場合、遺体が線路のどちら側に引き上げられたかによって行き先が変わってくる。
ちなみにこれ、大学の授業中に、教授から聞いた話です。でもその教授も別に医療の関係者というわけではありませんから、本当の話かどうか保証はありません。なんだか眉唾な話にも思えます。(事実をご存じの方がいらしたら、教えていただけると幸いです)
もっとも、警視庁や各県の県警がいくつかの大学と提携し、司法解剖を依頼する協力体制を作っているというのは事実のようです。
確かに、事故が起きるたびに司法解剖依頼先を探したり、現場から病院までの距離を測って一番近い病院に毎回交渉したり……というのは、不合理ですよね。
時間があまりない中、そんな面倒くさいことをやるよりも、はじめからいくつかの提携先を確保しておいて、そこに搬送する方が早いというものです。
もっとも、提携先を変えずにいると、それは「既得権益」になります。
上述した「都心部の事故は東大か慶大」がまさにそれで、もしこの話が事実だとすれば、今さら他の大学病院が割って入るのは難しいに違いありませんからね。
しかし長すぎる協力関係は、癒着を産みます。提携先を毎年見直すような仕組みがあることが大切でしょう。考え出すと、なかなかやっかいそうなテーマです。
そんな問題とはまたちょっと違いますが、大学が請け負う司法解剖に関して↓こんな報道を見かけましたので、ご紹介します。
【教育関連ニュース】—————————————-
■「司法解剖受け入れできず 検査費、大学に渡らず」(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/stm/20060702/lcl_____stm_____000.shtml
■「費用は国庫へ、司法解剖お断り…防衛医大」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060629ik05.htm
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警察が事件などの死者の死因の特定などのために依頼する司法解剖で、防衛医大(所沢市)が四月以降、県警の依頼を受け入れられない状態になっていることが、分かった。
司法解剖に関する費用負担制度が四月から変更されたため。従来は、司法解剖を担当した医師に直接、一体当たり約七万円程度の謝礼と薬物検査等委託費二万円を支払っていた。しかし、警察と大学が直接契約を結んで金を支払う制度に変わったため、独立行政法人ではない防衛庁直轄機関の防衛医大の場合、費用が直接国庫に入る。
新制度では、医師に謝礼として一時間当たり約九千円を支払い、大学に検査費など一体約十数万円を支払う。この検査費はそのまま国庫に入るため、司法解剖の費用に充てることができなくなった。
防衛医大の場合、検査費分として事前に国の予算で措置することも可能だが、本年度の場合は予算に盛り込むことが間に合わず、費用を司法解剖に直接充てることができなくなっているという。
県警は、防衛医大のほか私立の二大学に司法解剖を依頼してきた。防衛医大で依頼を受けたのは、年間の司法解剖の約四分の一程度の件数。現在は他の二大学に引き受けてもらっている状態という。(東京新聞記事より)
大学を巡る制度改革が続く中、そのスキマでおきた出来事です。
■防衛医科大学校
http://www.ndmc.ac.jp/
ご存じの通り防衛医科大学校は、文部科学省が管轄する一般の大学とは位置づけが異なります。医師である幹部自衛官養成や、自衛隊の医官の教育訓練を目的に開設された、防衛庁直轄の機関です。
したがって現在でも、独立行政法人ではありません。
そのことが、上記の報道のような事態を招いてしまいました。
来年度以降は、事前に国の予算で措置することが可能、とのことですが、本年度はどうにもなりません。記事を読む限り、現在、司法解剖を引き受ければ引き受けるほど防衛医科大は赤字になるような状態なんだと思います。
同校は従来の約四分の一程度の件数を(赤字を出しながら)引き受け、残りは他の私立大学に頼んでいるとのこと。でもこの2私大だって、受け入れが可能なキャパシティには限界があるでしょう。県警が費用を負担するなどして、防衛医科大での司法解剖が可能にならないかどうか、検討を重ねているそうです。
司法解剖自体は、どうしても必要な行為ですから、どこかが受け入れざるを得ません。
となると現在の状況は、埼玉県の行政のシステムの一部が、一時的に破綻してしまったような状態なのではないかと思います。
事実、
警察関係者からは「初動捜査が遅れかねない」と懸念の声が上がっている。
(読売オンライン記事より)
とのこと。
これって、かなり重大なことですよね……。
司法解剖に関する費用負担制度が四月から変更されたため。従来は、司法解剖を担当した医師に直接、一体当たり約七万円程度の謝礼と薬物検査等委託費二万円を支払っていた。しかし、警察と大学が直接契約を結んで金を支払う制度に変わったため、独立行政法人ではない防衛庁直轄機関の防衛医大の場合、費用が直接国庫に入る。
新制度では、医師に謝礼として一時間当たり約九千円を支払い、大学に検査費など一体約十数万円を支払う。
この制度変更が検討されたとき、防衛医科大学の業務は、残念ながら「想定の範囲外」だったのでしょう。一言で言えば、忘れられていたのだろうと思います。
この新制度の考案には、おそらく日本のエラい医学研究者達が関わっているんじゃないかと思うのですが、結果的に彼らの配慮不足が、埼玉県の行政システムに被害を与えてしまったわけですね。責任を追究されてしかるべきだと思います。
防衛医科大学校は「防衛関連の機関」ですから、行政システムを検討したり、医療システムの改革を検討したりするときに、扱いが難しいんじゃないかなぁという気はします。しかし実際には少なくない司法解剖を担っていたわけで、行政にとって不可欠な存在だったわけですから、新制度を施行する際に、誰かが気づいていないといけなかったのでしょうね。
医学関係者&行政関係者のミスなんだろうと思います。
ところで、「一体当たり約七万円程度の謝礼と薬物検査等委託費二万円」が、「医師に謝礼として一時間当たり約九千円を支払い、大学に検査費など一体約十数万円を支払う。」という仕組みに変わったわけですから、一体あたりの費用は増えてますよね。
この背景には、司法解剖を巡る状況の変化があります。
■「司法解剖経費の在り方についての提言」(日本法医学会理事長)
http://plaza.umin.ac.jp/legalmed/170316.html
大学の多くは、法医学教室の教官人員は通常の講座と変わらず、削減傾向も同じであり、司法解剖を行うことができる医師も減少してきており、増加する司法解剖に対応しきれなくなりつつある。そして、解剖を支える技官についても、現員の退職後は不補充となることが多いのが実情である。
いくら直接の経費が支払われても、人的な充実がないと現在でも常時待機の状態に置かれている現員の教育・研究活動への時間的余裕の確保すらおぼつかない。したがって、司法解剖の経費の算出を試みる上で、司法解剖に直接必要となる費用のみを考えるのではなく、人的体制をいかに充実していくかの方策を含めた総合的な司法解剖機能を維持する費用という観点で考えることを特に提言する。(上記リンクより)
大学医学部の教員数は減少傾向にあるのに、司法試験の件数は年々増加しているのですね。その結果、大学の負担が大きくなっているのだと、上記の日本法医学会理事長の「提言」にあります。この提言の結論は、「もっとカネが必要」ということと、「必要最低限の経費を、海王担当者個人に支払っているだけではダメ」ということのようです。
今回の新制度は、こうした意見を受けて成立したのかな、と思います。
いずれにしても、防衛医科大学校が、忘れられてしまっていたのは事実です。
近年、大学を巡って、様々な改革が行われています。行政改革も、次々に行われています。そういった中で今回の防衛医科大学校のように、ポロリと制度のスキマに落ちてしまう取り組みがまた出てこないとも限りません。
大学は、実に多くの場面で、社会に関わっています。
各分野の研究者のみならず、行政の専門家や現場の代表者を集めて議論を進めたり、広く世間一般からパブリック・コメントを募集したりするような仕組みをつくることで、こうしたミスが起きるリスクを減らしていけるのではないかと思います。
以上、マイスターでした。