東大阪大学は、間違った「お詫び」をしてはいけない

マイスターです。

賛否両論あると思いますが、「大学」と「広報」の問題を扱うブログを書いている以上、どうしてもこれについては自分の考えを書いておくべきだと思いました。

今回の事件に関しまして、多方面に多大なご迷惑をお掛け致しましたこと、本学を代表致しまして、先ず以て、深くお詫び申し上げます。
今回の事件は、学生間のトラブルが原因で発生したものであり、世間をお騒がせ致しましたことに対し改めてお詫び申し上げます。なお、共同記者会見が遅れましたことにつきましては、ある程度、全容が見えるまで控えさせて頂きたい、という考えがありました。それは、被害者にも本学学生が含まれている可能性を感じていたからです。先週23日夕刻に事件の一報を聞き、その後、本日に至るまで常に警察と連絡をとり、事実の確認に努めて参りました。一昨日2人の遺体が収容されたことを知り、その1人が本学の学生であることがほぼ判明致しました。加害者、被害者に本学学生が関係していることに、遺憾と申し上げる外言葉がありません。この様な事態に至りましたことは痛恨の極みであると同時に、亡くなりました学生に哀悼の意を表すると共に、ご家族に対しお詫び申し上げます。
本学と致しましては、この事件を重く受けとめ、今後のことにつきましては、「学生支援室」を中心とした学生へのケアーと、担任制の在り方を再検討し、指導体制の強化に努める所存でございます。また、平素の授業等で「人間教育」に関する講座の設定等、その具体化を図る方向で検討致しております。
以上申し上げましたことにつきまして、何卒ご理解とご協力をお願い申し上げます。

平成18年6月29日
東大阪大学学長 小川清彦

東大阪大学webサイト トップページに掲載された「学長の緊急コメント」より)

東大阪大学では27日午後、「臨時学生集会」を開き、小川清彦学長が在学生らに事件を説明した。同大学には「どんな教育をしているのか」といった批判や苦情が多数、寄せられているという。
「『早く、見つけてあげて』祈る友人ら…不明2人の捜索」(読売オンライン)より

【東大阪大学長謝罪「とんでもない結果に」】
大阪府東大阪市の大学生集団暴行・行方不明事件で逮捕された佐藤勇樹容疑者(21)と被害者の男性が通う東大阪大の小川清彦学長が28日、記者会見し「ささいなトラブルをはるかに通り越し、とんでもない結果になった。残念で大変申し訳ない」と謝罪した。
(略)
小川学長は「人を育てるのが目的のこども学部の学生が事件にかかわったことは大変残念。人の命の大切さを教える教育を進めていきたい」と険しい表情で話した。
「東大阪大学長謝罪『とんでもない結果に』」(nikkansports.com)より)

事件を受け東大阪大学は、会見を開き学長が謝罪しました。

「もう一度、初心に帰って、学生に何が大切かを教える教育を進めていきたい」
(小川清彦学長)

大学は今後、事件の再発防止に向け指導体制の強化をしたいとしています。 (06/29 00:05)
「集団暴行死事件 東大阪大学が会見」(MBSニュース)より

 集団リンチ事件で、藤本翔士さん(21)が殺害され、佐藤勇樹容疑者(21)が逮捕されるなどした東大阪大学(大阪府東大阪市)は28日、小川清彦学長(72)が会見し、「保育士という人を育てる職業を目指している学生の中から、事件の被害者と加害者が出たことは誠に遺憾」とこわばった表情を浮かべながら陳謝した。
(「東大阪大学が記者会見=学長、「誠に遺憾」と陳謝-集団リンチ事件」(時事通信社 NEWS@Nifty掲載))

今回、東大阪大学は、誰に対して、何の件で謝罪をしたのでしょうか。

「どんな教育をしているのか」といった批判や苦情が多数寄せられていることに対する謝罪?

それとも、「こども学部」の学生が命を軽んずる事件を起こしたから、その教育責任を果たせなかったことに対する謝罪でしょうか。

心ある方は、違和感を感じていることと思います。

大学という場所は、「人を殺してはいけない」ということを教えるための機関ではありません。
大学生はもう大人です。本体、手取り足取り、「人を殺すのはよくないことなんだ」と教えてあげる対象ではないですよね。「人の命の大切さを教える教育を進めていきたい」という学長の気持ちはわかりますが、これは本来、大学生に対して行う教育ではありません。
(例えば東大阪大学が、ニューヨークのスラム街に暮らす若者を山奥の寮に入れ、全人教育を施すことをミッションとする大学であったなら、話は別です。でも、そうじゃないわけです)

また、在学生が大変な犯罪を犯したからといって、大学はその責任をとる必要もないし、そもそも学生の犯罪について責任をとることなど、できないのです。そして当然、事件を未然に防ぐことも、大学には不可能です。
かといって、入学時に問題ある学生を選別することも、もちろん不可能です。

冷静に考えれば、わかることなのですが、

今回、在学生が事件を起こしたことについて、大学が謝罪をする必要は一切ありません。

なぜなら、事件が起きてしまったこと自体については、大学の責任はないからです。

逆に、責任の所在があいまいなまま、位置づけのよくわからない謝罪を行い、ありもしない大学の「監督責任」を認めるなんてことは、絶対にやってはいけないのです。
それは、世の中のすべての大学生達に対する冒涜です。

凄惨な事件で未来ある若者の命が奪われたのですから、事件に対して悲しみや怒りを覚える方がおられるのは、当然です。
またその中から、そういったやり場のない感情を、大学にぶつけたくなる方が出てくることも、想像できます。マイスターだって、あの事件の明確な責任者が大学の中にいるなら、抗議の電話をかけたでしょう。

でも、大学には、この事件の責任を取れる人間はいないのです。

20歳以上の人間の場合、犯した罪の責任を背負えるのは、ただ唯一、本人だけです。

大学は、事件の犠牲者に対して、加害者の代わりに謝罪することなんてできません。

これは、教育の原理原則、根幹部分に関わる問題です。
ですから東大阪大学は、高等教育機関であり続けるつもりならば、犠牲者に対する哀悼の意とあわせて、社会に対して、こういったことをちゃんと説明するべきだったはずです。

ただ、今はまだ事件の混乱も収まっておりませんし、また、犠牲になった若者のご家族や友人のお気持ちを思うと、とても今、そんなメッセージを発する気にはなれないかも知れません。それは、よくわかります。

しかし、じゃあ、「とりあえず謝罪でこの場はおさめておこう」という対応が良かったのかというと、それも恐らく違うはずなのです。

実は、新聞やテレビは、「大学の教育が悪い」「大学に責任がある」なんてことは、これまでただの一度も言っていません。
メディア関係者は、アタマがいいので、今回の事件が大学の責任じゃないなんてことは、当然わかっているのです。「大学当局の責任が問われます」なんて書いたら、後で冷静な人達から非難を受けるのは当然です。それは、メディア関係者にとっては避けたい事態です。

したがって、「大学は謝罪すべきだ」なんてことは、一切、紙面では言っていないのです。
「……という非難の声が住民から上がっています」といった言い方や、「学長が謝罪」といったタイトルで、実に巧妙に「世間の皆様が納得するストーリー」を組み上げるのが、マスメディアです。

「学長が謝罪」という報道を見た方が、心の中で、「東大阪大学は、ちゃんと教育をしていなかったんだな。嘆かわしいな」という事実を作り出す、それだけのことです。

東大阪大学は、あいまいかつ安易な謝罪をした結果、説明責任を果たすどころか、むしろ何が問題なのかをわかりにくくしてしまったと思います。

* * * *

しかし東大阪大学には、他にお詫びをすべきポイントがあったように思われます。
学生が事件を起こしたということについて、ではなく、既に先日の記事で書いたように、

○事件直後、公式にメディアの対応をせず、結果として在学生達を報道陣のターゲットにさせたこと、

○不安に駆られる在学生達に十分な情報を与えなかったこと、

という点での失敗についてのお詫びです。

(参考)・ニュースクリップ[-6/25] 「『信じられない』大学関係者に衝撃 集団暴行学生不明」ほか
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50214008.html

事件発生当時、何よりも学生を脅かしていたのは、メディアの取材でした。
大学の広報が、ちゃんとメディアの対応をしなければ、メディアが在学生に向かうのは目に見えています。

もし、ちゃんとした広報のプロがこの大学にいて、情報提供がなされていたなら、メディアが無遠慮に在学生を取材する機会は減っていたでしょう。
しかし東大阪大学には、それができませんでした。プロの広報スタッフがいなかったんでしょう。それに、組織自体に、そうした対応をする姿勢が無かったのではないかとマイスターは思います。この失敗は、大学の責任です。

そしてもう一つの失敗。
この事件が特殊なのは、事件発生後、犯人は捕まっておらず、また、被害者の安否も不明だったということです。それに対する情報の不足。このことが、どれだけ在学生を不安にさせたでしょうか。

「心配しなくていいよ」の一言も大切ですが、在学生の心配を本当に取り除けるのは、何よりもまず正確な情報です。

正門横には「世間をお騒がせしていることに対し、大学として憂慮しています。事件の詳細がわかりません。現段階のコメントは差し控えさせていただきます」との小川清彦学長名の張り紙が掲示されていた。大学事務局の担当者は「取材に対応する予定はありません」とだけ話した。
「『同じキャンパスの学生として残念』 東大阪大学の学生」(Asahi.com)より

こんな対応では、在学生の不安が高まるだけです。
大学は、この点に関しては、非常にお粗末な対応しかできませんでした。緊急時の対応を、訓練していなかったんだと思います。
これも、大学の責任です。

事件にも色々とありますが、今回の場合、とにかく誰もが「情報」に翻弄されたと思います。

犯人が捕まっていない、

被害者の安否もわからない、

情報がないから、(「使える」映像を収集するために)メディアは大学に殺到する、

大学は情報を出さない、

学生は何もわからないまま、メディアの取材にさらされる…

このような不安に学生をさらしたのは、一言で言って、大学の対応がまずかったからです。

共同記者会見が遅れましたことにつきましては、ある程度、全容が見えるまで控えさせて頂きたい、という考えがありました。それは、被害者にも本学学生が含まれている可能性を感じていたからです。

と、冒頭の記事にはありますが、マイスターには、この理由も、いまひとつしっくり来ません。

前述したように、東大阪大学の学生が加害者として犯罪を起こした、という報道が流れている以上、その「加害者」について情報を得るために、メディアがキャンパスの学生にインタビュー攻勢をかけるのは火を見るより明らかです。
なのに、「まだ情報が不十分だから、大学として、外にはなんにも情報を出さないで待っていよう」という行動しかとれなかったのでしょうか。
なんだか、上記の「理由」は、一見もっともなようで、実はただの責任放棄なんじゃないかという気もするのです。

本来なら、1人の広報マンが、100人のカウンセラーと同じくらいの役目を果たせる場面でした。
それを担える人間、緊急時の対応を取り仕切れる人間が、東大阪大学にはいなかったのかも知れません。
大学の広報のあり方について考えるマイスターとしては、残念です。

東大阪大学は、
謝るべきところで謝らず、
謝るべきではないところで、謝ってしまったと思います。

事故の後の会見だからといって、ただとりあえず「世間をお騒がせしました」と謝罪をしておけばいい、というものではないのです。

東大阪大学は、「今回の事件で、大学に求められたことは何だったのか、どのような役割を担うべきだったのか」……ということを誤解されているのではないかと、謝罪の報道を見ながら、マイスターは思いました。

こういった事件が起きた時、大学に何ができて、何ができないのか。ニュースを観ている私達も、あらためて、ちゃんと考えておいた方が良いかも知れません。

以上、あれこれと書かせていただきましたが、長くなってきましたのでこのくらいにします。

この事件に関しては、まだしばらく報道が続くでしょう。
そのとき、東大阪大学がどのように対応されるのか。見守っていきたいと思います。

以上、マイスターでした。

3 件のコメント

  • どこの大学も、「情報操作特論」や「スピンドクター養成講座」といった教育や、これらに繋がる研究をしていないのでしょうか?

  • 前半部分は「なるほど!」という感じで読ませていただきました
    後半部分はちょっと疑問です
    >大学の広報が、ちゃんとメディアの対応をしなければ、メディアが在学生に向かうのは目に見えています。
    東大阪大学はメディアに対して、具体的にどのような対応をすべきだったとお考えですか?
    私は、ベストな対応をしたと思っています。

  • S野さま:
    ご質問、ありがとうございます。
    東大阪大学の対応ですが、私は、「会見を開かなかった」ということが、そもそも大きな間違いだと考えています。
    それがどのように間違ったことなのか、その詳細は、↓こちらに書きましたので、よろしければお読みいただければと思います。m(_ _)m
    ■インターネット時代の広報スピード
    http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50216044.html
    大学業界に長くいると、(私などもついつい)東大阪大学の対応もそこそこ悪くない、と思えてしまうのですが、大学組織のアタマで考える「ベストな対応」は、社会にとっては、「かなり遅い」「かなり不親切」なレベルだと思います。が、業界の方々は、その水準の低さに気づいていないように思います。
    基本的に「聞かれるまで待っている」というのは、広報ではないのです。「聞かれる前に積極的に情報を出す」というのが、世の中一般で言う、広報なんです。
    東大阪大学の対応には、「積極的に説明責任を果たす」という姿勢は見られませんでした。今回は、そこが最も気になりました。