まったく違う文明圏を体験してみたかったので、学生時代は(お金がないのに無理して)ヨーロッパの方をまわっていました。
しかし周りには「アジア大好き」な人が多く、ベトナムやタイ、フィリピン、ネパールなど、バラエティに富んだ土産話をよく聞きます。
中でも、行った人が口をそろえて「あの国はいい!」というのが、インド。穏やかな時間の流れと、価値観に、ハマるらしいです。
……つまるところマイスターのインド知識は上記の程度なのです。人から聞いた観光話くらいのレベルです。
たまに雑誌などでインドの経済成長の記事を読んだりするので、
○インドの人口が持つ生産力のポテンシャル(現在も多いが、今後も伸びる)
○2ケタかけ算など、熱心な数学教育
○英語を自由に扱える
○安い人件費
といった要素がソフトウェア開発産業に活かされ、IT大国になりつつあるという話は、一応なんとな~く知っています(こういった点で、中国と比較する記事も多いですよね)。アメリカの大学に進学するインド人も増えている……のだとか。
でも、インドの高等教育事情については正直、あまり知りません。ですので最近は、インドの高等教育に関する記事を探して読んだりしています。
・用語解説:「アファーマティブ・アクション」とは
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50211090.html
というわけで先日は、↑インドのアファーマティブ・アクションの記事をご紹介しました。
今日はまた、インドの大学にまつわる、違った話題を。
【教育関連ニュース】—————————————–
■印政府、2011年度までにIT大学20校新設計画
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060613AT2M1201Q13062006.html
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インド政府は、2011年度(11年4月―翌年3月)までに国内20の州にインド情報技術大学(IIIT)を新設する計画を立案し、計画委員会に提出した。総予算は370億ルピー(約925億円)。需要が急増、国内で不足が深刻化しているIT(情報技術)技術者や、専門的な業務委託(BPO)を担う労働力を全国規模で育成するのが狙い。
各大学の定員は学部生と大学院生が1000人ずつ。07年度から年に4校のペースで開校していく計画を見込んでおり、計画通り実現すれば年に8000人の技術者が“増産”されることになる。
(上記記事より)
というわけで、勢いに乗るソフトウェア産業を支援すべく、インド政府が大規模な情報技術大学の新設計画を立てています。
「インド情報技術大学」というのは、「Indian Institute of Information Technology」または「International Institute of Information Technology」の訳です。記事にあるとおり、「IIIT」と略記されることが多いようですね。
wikipediaの記述によれば、この記事を書いている2006年6月現在、IIITには以下の6校が存在しているようです。
Indian Institute of Information Technology, Allahabad
International Institute of Information Technology, Bangalore
International Institute of Information Technology, Hyderabad
Indian Institute of Information Technology & Management, Gwalior
International Institute of Information Technology, Pune
Indian Institute of Information Technology and Management-Kerala,Thiruvananthapuram
「Indian Institute of Information Technology, Allahabad」=「IIIT-A」、
「International Institute of Information Technology, Bangalore」=「IIIT-B」、
「Indian Institute of Information Technology and Management-Kerala,Thiruvananthapuram」=「IIITM-K」、
などのように、頭文字をとった略称で、各校を表記することも多いみたいです。
(このルールを知らないと、どこの大学のことを言っているのか、ニュースを見てもわからないです……)
このIIITは、1990年代に設立された若い大学がほとんどです。
インドの情報技術教育・研究に従事し、国の産業競争力を向上させるという目的で設立された大学群です。
インドでは従来「大学」はすべて国立大学か州立大学でした。しかし1990年代から、一定の基準を満たした教育・研究機関に「Deemed University(準大学)」という地位を与え、高いレベルの学位の授与を許したり、カリキュラムに独自性を持たせることを認めるような方針を打ち出しているらしいです。(逆に、中央省庁から厳しく管理される部分も出てきます)
上記のIIIT達のサイトにも、「Deemed University」の表記がいくつか見られました。
さて、このIIITの数を大幅に増やし、技術者を「増産」するとのこと。
需要はそんなにあるのかとか、気になりますよね。ちょっと暴走気味な気がしないでもありません。
今のIT技術者養成校の定員を倍以上にするってこと? 大丈夫? と、思いますよね。
でも、どうやらしばらくは大丈夫みたいです。
急増する技術者への需要に応じているのが、豊富で質が高い高等教育機関の存在である。その最高峰として日本でも名前が知られるようになったインド科学大学院大学(IISc)、全国に7校あるインド工科大学(IIT)を始め、総合大学、単科大学があわせておよそ300校あり、さらに職業訓練校(ITI)まで含めると、1995年時点で、1676の教育機関が存在している。また、バンガロールやハイデラバードにはインド情報技術大学(IIIT)も設立されている。NASSCOMによれば、これらの教育機関から毎年、12万2000人もの技術者が輩出されているということで、こうした豊富な人材の供給こそが、インドのソフトウエア産業を支える鍵となっている。
(略)
実際、コンピュータ関連学部を卒業すれば、就職先は「引く手あまた」であり、しかも給料が高い。前述のインド工科大学(IIT)の卒業生の初任給は、平均で6万5000ルピー、日本円にして約15万6000円程度とされている(日経新聞)。インド就業者の平均「年収」は、1万8000ルピーといわれており、IITの卒業者は、1ヶ月で全平均年収の3倍分を貰っている計算になる。最難関のIIT卒業生はともかくとしても、IT技術者の初任給は、月収でおよそ2万ルピーとされており、この数字ですら、年収ベース
の平均、1万8000ルピーを上回っている。
ちなみにインド工科大学(IIT)の定員は2200人だが、そこに20万人を超す受験生が応募しており、その倍率は日本の受験戦争の比ではない。また、大学院だけのインド科学大学院大学(IISc)の場合も、インド全土20箇所で入学試験を行って、20倍の難関から優秀な人材を選抜している。
(「Asian Countries 2001.1」(GLOBAL SECURITY RESEARCH CENTER KEIO UNIVERSITY G-SEC)より)
実を言うと、現在のところ、インドのITトップエリートを育成しているのは、実はIIITではありません。似たような表記なのですが、「IIT」、「Indian Institutes of Technology」こそが、インドのエリート育成機関です。
(Iの数を数え間違えないようにご注意ください)
で、このIITを筆頭に、IIITも含めて様々な教育機関が現時点で存在しており、ここから毎年、12万2000人もの技術者が輩出されているそうなのです。
IITへの進学を希望する受験生だけで20万人以上ということですから、IIITの定員が8000人増えたからと言って、それでいっきに国内のIT教育需要が満たされる、なんてことは無さそうです。
それにインドのIT技術者は、上述したように、最初から「国外の仕事を引き受けること」を念頭において育成されている向きがあります。国際経済の中で、インド人IT技術者の需要がある限り、卒業生の需要がなくなることはないでしょう。
※インドの産業比率は、2004年の時点で農業22%、製造業27%、サービス業51%です。IT産業の内訳をみると、2003-2004年で、国内向けのソフトとサービスが34億ドル、ハード・周辺機器などが37億5,000万ドル。これに対して、ソフト、サービスの輸出は125億ドル、だそうです。まだまだ、情報技術者の需要が途絶える気配はありません。
(参考:http://journal.mycom.co.jp/news/2005/02/15/009.html)
インドも中国と同様、そのうち人件費が上がっていくのでしょう。しかし「インドと同じ水準の技術者教育ができて、しかも人件費の安い国」というポジションの国が他にありませんから、まだしばらくインドの工科系大学の繁栄は続きそうです。
日本でも情報系の学部・学科は増えていますが、そろそろ人気にかげりが出てきたような気がします。日本国内でのIT技術者の需要は、他の分野に比べればまだまだあると思いますが、しかし一時期ほどではありません。
日本のIT教育もかなり高いレベルにあるのだろうと思いますが、しかし定員を何千人も増やすなんて言ったら、誰もが「無茶だ」と反対するでしょう。日本の情報技術者教育と、インドのそれとでは、そもそも置かれている状況が違うのですね。
ちょっとうらやましいです。
ところで、日本では、工科系学部の受験生が減っているようです。
(例)■「『技術立国』は大丈夫? 国立大で工学部離れ深刻」(西日本新聞社)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20060624/20060624_017.shtml
若者の理科離れも影響しているのでしょうが、日本に、かつてほどの技術者が要らなくなってきたということもあるでしょう。
一時期は、日本の、そして世界の製造業を支えるために技術者を量産していた工学部や理工学部も、今は苦戦を強いられています。(「定員を減らす」という選択も、日本の大学ではなかなか採られませんしね)
日本という国家は「世界のものづくり担当」という立場を、かつてのような姿ではキープできなかったのですね。日本の大学の工科系学部も、そんな産業構造の変化に、当然ながら影響を受けているわけです。
翻ってインドは、果たして国際社会の中の「IT担当」という立場をいつまで持続できるのでしょうか。「まだしばらくは大丈夫」と先述しましたが、いつか、例えば30年後くらいには、どこかの国に取って代わられているのかも知れませんね。
そのとき、インドのIITやIIITは、やっぱり苦戦したりするのでしょうか。
それともその高い研究・教育力を担保に世界中から学生を集め、現在のアメリカのように、高等教育を売る側の国になっていたりするのでしょうか。
高等教育の世界も、つまるところ諸行無常なんですな、と、最後はインドらしくまとめてみたマイスターでした。