「労働組合」との付き合い方って難しい

マイスターです。

今日は、普段、個人的に考えていることを述べさせてください。

それは…「労働組合」との関わり方について、です。
かなり、センシティブなテーマかもしれませんが、あくまで、一人の若手社会人のつぶやき、として読んでいただければと思います。

何度か申し上げているとおり、マイスターは大学院を卒業後、よく言えばベンチャー、悪く言えば零細なweb広報プロダクションに入社しました。
大学に転職するまでそこで働いていたのですが、これが実に、すっとんだ会社でした。
以前、「社員5人の企業出身」と書いた気がしますが、正確に言うと、

「役員2人、社員3人」

です。

……いま改めて考えてもやっぱり、とんでもない労使比率です!
(かろうじて社員が過半数ですが…)

もっとも、これだけ少ないと、「全員が現場第一線にいる」という状態で働かざるを得ませんから、普通の会社のような「労使関係」が成立しているのかが、そもそも怪しいんですけれど(社長までプレイングマネージャー、ってのはさすがに珍しいかも)。

まぁ、とりあえず、労働組合はありませんでした。

若い社員同士、飲みながら冗談で「よし、労組結成するか!」なんて話したものですが、もし労組結成が実現したとして、果たして組合活動が行えたかどうか。

何しろ、役員2人、社員3人ですからね。
もし社員3人がストを決行しても、残った役員が頑張れば、会社の業務がまわってしまいそうな気がします。(※2人の役員は、「一騎当千」という言葉が似合う、腕っこきのプロデューサーです)

っていうか、2:3で、「団体交渉」っていう言葉が成り立つのでしょうか……。
団交って言ったって、いつもの会議風景と変わらない状況ですからね。

冗談はこのくらいにして…
前職の労働条件なのですが、かなり厳しかったです。

まず、残業代という概念が存在しません。年俸制です。
(実は、年俸制でも超過勤務に関する賃金は払わないといけないらしい、ということを転職後に知りました……)

というか、「定時」という概念が存在しません。
かといって、「フレックスタイム制」なんて格好良いシロモノでもなかったです。
入社の時、「うちは9時5時だよ」と言われて、実は「AM9:00からAM5:00まで働くって意味だった」というくらいの、笑えない話です。

毎日、体力の限界です。
ボーナスもありません。0ヶ月です。
給与が出来高制だから、ベースアップという概念もありません。

仕事はやりがいがあったし、ものすごく成長できたと思うけれど、
ずっとここにいたいか?と言われると、素直にハイとは言えない……そんな会社でした。

そんなマイスターでしたから、大学に転職した時は、まず「労組がある」ということだけで感動でした。

何しろ、勤め始めて3日目、試用期間がまだ三ヶ月近く残っている状態で、早くも労働組合への入会書を提出したくらいです。
試用期間が終わるまで、組合へは入れないのですが、組合の方には「若い方には珍しい!」と、喜ばれました。

今の職場は、福利厚生も、給与レベルも悪くありません。
というか、むしろ恵まれている水準だと思います。
こうした恩恵を得られているのは、これまでの学園の長い歴史の中で、組合が頑張っていた結果なのだろう、そう思います。

しかし。

こうして環境が満たされてくると、余計なことを考え始めるのが人間(^_^;)。

組合について、疑問やら、とまどいやらを感じる部分も出てくるわけです。

マイスターが現在勤めている大学では、組合の組織率がかなり低いです。
詳細は知りませんが、3割は切っていると思います。
過去は、もっと高かったんだと思いますが、年々、低下しているようですね。

この組合の組織率低下というのは、マイスターの職場に限った話ではなく、程度の差はあれ、全国的に起こっていることだと思います。

マイスターは、組合の存在には意義を感じているし、恩恵だけ受けて組合費を支払わない「フリーライド(ただ乗り)」状態は良くないと思っていますので、入会したわけです。でも、そう考えない方々も多いのでしょう。

こういうとき、「組合に入らないなんて、意識が低いヤツが多い!」と憤慨される方は多いことでしょう。(おなじみの「今時の若い奴等は…」ってやつです)
ただ、マイスターは広報的視点を大切にしているので、「組織率が低下している背景には、それなりの理由があるのではないか」と、考えるわけです。

そこで今日は、「労働組合というシステムにはそれなりの意義を感じているし、加入してもいるものの、疑問も感じてないわけじゃない、一人の社会人」として、よく感じる疑問点を挙げてみたいと思います。
ちなみに、これから書くことの中には、社会の先輩方にとっては、「そんな当たり前のことが、何故わからん!?」と思われるようなことも混じっているかもしれません。マイスターが知らないだけで、実は「常識」なこともあるかもしれません。
でも、「今の2~30代は、けっこう同じようなことを感じているんじゃないかな?」ということを書いたつもりですので、よろしければ、何かの参考にしていただければと思います。体面を取り繕ってもしょうがないので、なるべく感じているままのことを書いてみたいと思います。

○疑問1:組合は、なぜ「ベア要求」にこだわるの?

業種にもよるでしょうが、少なくとも現在の大学産業には、給料が上がる環境要因はほとんどありません。
ほとんどの大学で、受験者は減っている…というか、激減していると思います。
一部の学科やコースで、ひそかに定員割れを起こしているところもあるでしょう。
今後も、これが回復する見込みは、ありません。

でも、組合は、「ベースアップ」にこだわります。
それも、「上げないなんてとんでもない!非常識だ!」という口調です。
これが、どうにも理解できないのです。

いや、「強く言っておかないと、経営側に、好き勝手に下げられる」という理屈はわかります。でも、なぁ。
大学をめぐる状況が悪化しているときに、給与が上がるというのは、逆に不健全であるような気も、個人的にはするのです。

交渉するなと申し上げているのではなくて、何も、給与の一律アップだけが交渉じゃないだろうというのが、マイスターの意見なのです。
これだけ働き方や生き方が多様化しているのだから、フレックスタイムを導入して欲しいとか、男性職員の育児休暇取得率をもっと上げようとか、あると思うのです。
一応、議案のはしっこに、こうしたことは書かれているのですが、限られた交渉時間では、ベースアップが最優先されて、こうしたテーマを主張する時間はほとんどとられないと聞きます。マイスターとしては、なんだかちょっと不思議です。給与の基本額は、マーケットの状況によってある程度左右されるのは当たり前なのだから、それなら他に、交渉のテーマはあるんじゃないかと考えるのです。(自分としては、この発想ってそんなにおかしくないと思うのですが、これって、変でしょうか…?)

例えば、大学職員の不満として普段よくあげられるのが、「キャリア設計の目算が立たない、無計画な職場ローテーションシステム」です。
プロとしての仕事を覚える前に、別の部署に異動させられてしまって、結局どの業務分野も中途半端。もし大学がつぶれたら、俺達いったいどうなるの?…と思っている方も、いるでしょう。
もっとキャリア設計ができるよう、希望を聞いて欲しいし、定期的に上司や人事課と話し合いをするような時間も欲しい。こういうのって、組合の主張にならないのでしょうか。
マイスターは以前、組合の話し合いで、こういうことを交渉案に入れるよう、いちおう提案してみたのですが、その場の誰も興味を持っていない様子で、案の定、提案書には入っていませんでした。(「何を言ってるんだこいつは?」と、思われてしまったのかもしれません)

個人的に、非組合員の方から意見を聞くことがありますが、誰も、給与があがるなんて考えていません。それより、やっぱりマイスターの考えと同様、働き方の方をどうにかしてほしいと望んでいる方のほうが多いです。

この認識の乖離。これって、組合への加入率を下げている原因だと思います。

おそらく、労働組合というのは、「連合」のような大きな組織の中に位置づけられているので、他の組織の組合と協調して、ベースアップを主張するように圧力がかかっているんだろうと推測します。「ベースアップは要らないから、他の部分をなんとかしてくれ」なんて言おうものなら、他の組合に示しがつきませんからね。

でも、その結果、職場のメンバー達が本当に望んでいる要求が後回しにされるなら、いったい誰のための組合だ、と思うのです。
これは、マイスターだけが抱いている想いではないと思うのですが、いかがでしょうか。

○疑問2:労働組合の活動が、政治的なメッセージと連動しているのは何故?

これも、組合活動の歴史を考えれば、当然なのかもしれませんが、組合に加入して1年ちょっとのマイスターには、今ひとつ理解できないところです。

例えば、「憲法改悪反対!」みたいな署名集めや、デモへの参加を呼びかけるチラシの配布が、組合の活動として行われていると思います。
でも、これって、労働組合の仕事なんでしょうか?

マイスターも、組合のデモなどに参加を呼びかけられるのです。
で、労働者としては、デモへの参加も大切だよな、と思うのです。
でも、上記のような、妙に政治的なメッセージがセットになっていると、参加できないのです。政策に関する自分の考えと、意見が違うことがありますからね。

かつては当然だったのかもしれませんが、労働組合の活動と政治活動がセットになっているのは、いまどきの2~30代からしてみると、なんだかヘンです。

「労働」組合の活動には参加してもいいけど、政治的な運動に巻き込まれるのはゴメンだ、と思っている方々は、組合に入りたがらないと思います。

あと、個人的には、あの「○○改悪反対!」という、強い口調をやたら多用する方法も、苦手です。
広報の感覚からすると、強い断罪口調というのは、言っている本人達が満足するだけで、実際には誰にも伝わらない目算が高いです。日本で働いている社会人達は、おバカさんではありませんから、こういう一方的な物言いには、かえって批判的な目を向けるはずです。
こういう手法のまずさも、組合から距離をおきたい方を増やしていると思うのですが、いかがでしょうか。

○疑問3:なんであんなに「一致団結」を求めるの?

ちょっと前のフランスの若者達のデモについて、興味深い話を聞きました。

テレビ報道の映像だと、彼らは、全員が一丸となって行進しているように見えます。
でも、実際には、「ちょっと休憩」といってカフェに入ってお茶したり、アイスを食べながらダラダラ行進している方も結構いるのだそうです。それぞれが、「気が向いたら行進する」というスタンスで行動しているのですね。

つまり、日本的な「一致団結」をしているわけじゃないのです。
あくまでも、不当な政策への抗議行動を、一緒にやっているだけなのです。

日本人の私達の感覚だと、全員が一緒に行進し、同じように要求を叫んでいたら、それは「全員が心を一つに」して、「一致団結」して、行動しているのだと感じます。
逆に言うと、「一致団結」なしに、抗議行動を起こすことなんて、ありえない、という感覚があると思います。
行列している途中で、「おれ、ちょっと腹減ったから、メシ食ってくる」なんていって抜けようものなら、とんでもない奴だ!と非難されるのではないでしょうか。

日本の組合活動って、過度に家族主義というか、連帯主義なんじゃないかと、いまどきの若手であるマイスターなどは、感じないでもありません。

マイスターが組合でびっくりしたのは、学内で行われたある会議に参加した際、部屋の前に、大きな組合の活動旗(っていうのかな?)がばーんと貼られていたことです。で、そんな旗の前で、議長が「一致団結」を何度も繰り返していたことです。
これには、カルチャーショックを受けました。暴走族でも立ち上げるのかと思いましたからね。

労働者として、組合活動は大事だと思うけれど、かといって、正直、この連帯主義にはついていけません。
なんだか、「ゼロか100%か」の二択を迫られているようです。
もっと、30%とか50%とか、あるいは10%なんていう参加の方法はないのでしょうか。

結果として、組織率が低下し続けるくらいなら、みなが参加しやすい活動方法を考えたほうがいいと思うのですが。

以上の3点が、もっとも強く感じる疑問です。

マイスターの勝手な推測ですが、今の若手社会人で、同じようなことを感じている方は、少なからずおられるのではないでしょうか。

でも、こんなことを口に出して言うと、「お前はふまじめだ!」「もっと真面目に世の中のことを考えろ!」などと叱責されてしまうので、組合から足を遠ざけるという行動を選択するんじゃないのかな、と思います。(企業の製品に不満を持った消費者のほとんどは、抗議をすることもなく、ただ「二度とその製品を買わない」という行動を選択してサイレント・マジョリティになるのですが、それと同じです)

これは個人的な考えなのですが、労働組合の活動って、以前と同じようなあり方ではもう成り立たないのではないでしょうか。
具体的に言うと、動員した人数の「量」で圧倒する活動スタイルはもう終わりだと思います。(いや、もちろん人数は重要なのでしょうが、実際問題として、人が集まらないのですから、仕方ありません)
具体的な政策や、経営方針の提言などで戦えないものでしょうか。

主張するデータも、「他の組合では○○%のベアを勝ち取った」といったものばかりではなく、「もし経営陣が今、○○制度を導入すれば、本学の事務コストは○○%削減可能。よって、給与を下げる必要はない」みたいなことは言えないものでしょうか。

主張する内容もベースアップ一辺倒ではなくて、

ワークシェアリング、
フレックスタイム制、
テレワークの部分的導入、
教員/職員にとらわれない働き方、
大学で学ぶ時間の確保、
留学制度の導入、

などなど、時代に即したものがいくらでもあると思います。

以上、「労働組合というシステムにはそれなりの意義を感じているし、加入してもいるものの、疑問も感じてないわけじゃない、一人の社会人」としての考えでした。

今日は、教育とは直接関係がないテーマだったかもしれません。
ただ、大学は今後、冬の時代を本格的に迎えます。その際、こういった労働組合活動の問題は、避けて通れなくなってくるはず。その意味では、ブログで一度、どうしても書いておきたかったのです。
大学に勤めておられる皆様からのお考えを伺えたらと思います。

あと、繰り返しになりますが、なにしろマイスターは組合の存在しない会社からやってきた男なものですから、もしかすると、とてもピントのずれたことを言っているかもしれません。その際は、「それはこういうことだよ」と教えていただけると助かります。

以上、マイスターでした。

4 件のコメント

  • 全面的に賛成です。私も労働組合が必要なのはわかっているのですが、政治的過ぎることと常に被害者の立場からしか語らないというのが嫌です。

  • 同業者の者です。私は非組合員ですが、同意見です。
    大学の組合という側面から考えれば仕様がないのかもしれませんが。。。
    「労働環境を良くしよう!」という組合というよりも、政治団体、思想団体、日○組のような感じがして好きになれません。

  • 多くの大学で学生確保が困難になったり、国立大学では予算が削られたりと、先細り感が漂っている現在にあって、理事会が給与削減という手段を容易に選択する風潮がここ最近見られると感じています。同時に、経費削減目的の有期雇用も流行しているように思います。個人的にはそういった流れが気になっており、マイスターさんご提案の件とあわせて、労組は今こそ立ち上がるべきではと考えています。
    しかし、組合費、高くないですか?

  • 自分はある制作会社で組合の広報関係を主に担当しています。現在の組合員の組合に対するイメージはマイスターさんのおっしゃるとおりだと思います。
    ただ、実際に組合執行部の方から話などを聞いているとベアアップや政治的活動よりも、職場環境やメンタル、余暇の充実などに目を向けている現実も感じます。ただし大半の組合がせっかく、そういった活動やサービスの導入をしているのに広報がうまくできずに組合員の方に伝わっていない現状があります。また組合員の声をきちんと聞かずに方向転換を図ったため方向を見失っている組合もあります。
    確かに組合に対する固定観念を変えるのは大変だと思いますが、広報誌やWEB、イベントなどによる地道な広報活動で組合員へ伝えていくことが今は大事だと思います。
    ちなみに僕の会社にも組合はないです。