進学が危うい生徒さんや学校に行っていない生徒さんのサポートから、受験指導まで、様々な仕事を担当しました。年齢も、10歳から18歳以上まで、幅広かったです。
そんな家庭教師経験の中で、中学受験の仕事を何度か担当したことがあります。
全国的に有名な、いわゆる「超進学校」のクラスの学校を受ける子供もいました。
(マイスター自身は最寄りの公立中学校出身なんですが)
そういうところを受ける子供の中には、一体どこで覚えてくるのかわかりませんが、「御三家」とか「新御三家」とかいった、受験業界用語にやたらと詳しい子もいました。学校のブランドとか、序列とかに対する知識を豊富に持っているのです。
塾でそういう知識を得るのか、あるいは親や友達か。
みんな普段は面白くて良い子なのですが、ふとしたときにこぼれる受験エリートの意識に、どきりとしました。
将来、マイスターよりもずっと偏差値の高い大学に入るであろうこの子が、おかしな選民意識を身につけたりしないといいんだけど。そんなことを思いながら、マイスタはマイスターなりに、身近な年上として、自然に接してきたつもりです。
エリートってなんでしょうね。
日本の社会には、エリート教育に対する抵抗感が根強く存在すると言います。
マイスターも、「エリート」という言葉には、あまりいい印象を持っていません。
ただ、私達が想像するエリートというのは、いわゆる「受験エリート」のような人を指していることが多いですよね。
受験のための学力「だけ」に秀でている人というのは、本来の意味でのエリートではないのでしょう。きっと。
エリートという言葉で呼ばないにしても、指導力や決断力に優れ、幅広い教養を持ち、人格的にも優れたバランスの良いリーダーというのは、社会の至る所で必要とされていると思います。
学力的に飛び抜けた資質を持った子供に、全人教育の機会を与えるとか、
バランスのよい子供達に、バランスの良い最高の教育を提供するとか、
そのプロセスは色々でしょうが、
私達の社会でも、「エリート教育」というものについて、少しずつ考えていかなければならないのかな、とは思います。
偏った受験エリートばっかりが相変わらず重用される社会を、いつまでも放置しておくのは、芸がありませんからね。
【教育関連ニュース】——————————————–
■「海陽中等教育学校開校 エリート養成」(西日本新聞)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/20060408/20060408_007.shtml
■「海陽開校123人一歩 『日本リードする基礎をしっかり』」(読売オンライン)
http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/060409_2.htm
■「『海陽学園』が開校」(東日新聞)
http://www.tonichi.net/articledetail.php?artid=11630
■「愛知・海陽学園:ゆったり+最先端 教室に無線LAN、全員に携帯端末--開校」(毎日新聞 MSNニュース掲載)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/junior/news/20060408ddh041040002000c.html
—————————————————————
ずいぶん前から様々なところで話題になっていますので、みなさまもご存じかも知れません。
トヨタ自動車やJR東海、中部電力といった中部地方の財界を中心に、全国の有力企業約80社が出資して設立した全寮制中高一貫男子校「海陽中等教育学校」(海陽学園)が先日、開校しました。
・「海陽中等教育学校開校のお知らせ」(海陽学園)
http://www.kaiyo.ac.jp/news/news060419.html
長くイギリスのエリート層を輩出してきた名門私立学校「イートン校」をモデルにし、「日本初のボーディングスクール」となることを謳っています。
生徒が暮らす寮には、「ハウスマスター」と呼ばれる教員資格保持者と、「フロアマスター」と呼ばれる、企業から派遣されてくる若手社員も住み込み、生徒達と生活をともにします。
生徒達は、勉強に関する質問や将来についての相談などを、ハウスマスターに行うことができるのだそうです。フロアマスターは生活を通じて生徒達と交流をはかり、彼らの人格形成に一役買うのです。
生活すべてを通じて、社会のリーダーとしての全人教育を施す、というコンセプトなのですね。
学力向上と「全人教育」の両立を、こういう形でここまで徹底して行おうという学校は、今までなかったかも知れません。少なくとも、東大合格者数を競い合うことで存在感を維持してきたこれまでの日本の受験難関校とは、どうやら一線を画した存在であるようです。
開校されたばかりなので、まだ何の実績もないのですが、すでに賛否両論です。
この学校のシステムに過剰な期待を寄せる人達と、
拒否・拒絶を表明するばっかりの人達ですね。
マイスターの印象では、「期待派」が若干多いような気がします。
背景には、これまでの日本のエリート層達に対する幻滅があるように思います。
また、ゆとり教育を始め、今ひとつ社会からの共感を得られずにいる学校教育への不満・不信感も当然あるでしょう。
家庭で自分達が人格教育を行うことに対する不安や心配も、もしかしたらあるかもしれません。
一方、批判派の言い分は、
「エリート教育」自体を否定する意見と、
海陽学園のやり方に対する意見とに分かれます。
「限られた層の人間に特別な教育を施す」ということ自体が、選民意識を生み出すもとだという意見が、前者の代表。それはまぁ、確かにそういう面があることは否定できないでしょう。
ただ、マイスター個人は、「みんな平等」という意識もいきすぎると弊害になる、と考えております。悪平等という言葉がありますね。社会に出たら完全な平等なんて存在しないわけで、だったら、リーダーになる若者に、リーダーとしての責任をしっかり身につけさせておく教育にも意味があるんじゃないかな、と思うのです。
少なくとも、日本ではそういうことは今までほとんどやってこなかったのですから、試しにやってみればいいと思うのです。
そして後者の意見ですが、海陽楽園の
○学習スケジュール
○生活管理システム
○学費
などに対する批判を見かけました。
設立準備財団副理事長の葛西敬之・JR東海会長は「今の子どもたちは、学校と塾の往復で、自由になる時間が少ない。効率的、集中的に基礎知識を与え、拘束時間を短くしたい」と話す。
ただ、実態は「ゆとり教育」とは違う。土曜日も授業があり、国語、数学、英語などは公立中学の2倍の時間を取り、ハウスでも最低2時間半の学習を課す。高校1年までに高校3年間の学習内容を終える計画だ。(Asahi.com記事より)
通常のカリキュラムを前倒しで終え、残りを受験指導に……というのでは、結局これまでの受験難関校と変わらないではないか、という意見。これは、確かにもっともです。
学習に集中できる全寮制の生活で、全人教育を展開していて、わざわざ2年もカリキュラムを前倒しする必要はないんじゃないか、とマイスターも思います。
校内には高速無線LAN回線が敷かれ、生徒全員にノートパソコンと携帯端末が与えられる。成績表もウェブの個人ページで発表され、印刷物は渡さない。携帯端末は、校内の買い物に使う電子マネーや位置情報、緊急通報など多機能だが、買い物の中身や校内のどこにいるかまで把握もできる。周囲にはセンサーが張り巡らされ、侵入者を寄せ付けない。 (Asahi.com記事より)
生徒がどこにいるかを、位置情報システムで常に管理するというこのやり方にも、批判があるようです。確かに、もともとキャンパスの外に出ることの少ない全寮制学校の中で、常に個人個人の居場所まで特定している必要はないように思えます。
最後の学費ですが、海陽学園のwebサイトには、学費に関する情報がどこにも書かれていません。
別個に入試情報サイトがありますが、受験生として個人情報を入力し、IDを取得しないと、ログインできないようになっています。
報道などによると、初年度の学費は年間約350万円(寮費など含む)だそうです。
この水準の学費が6年間。平均的な一般家庭では手が出ません。
それゆえ、「もともと裕福な家庭から子息を集め、それをまたエリートにしてあげるビジネスなのではないか」という批判が出るわけです。
「アメリカのハーバード大学やスタンフォード大学などでは、低所得者の家庭の子供に対しては学費を大幅に減額したり、無償にしたりしている。裕福な階級の学生ばかりが集まり偏った学習環境になることを避けるための措置だ。海陽学園は、その逆を行っているわけで、これはいけない」
…という批判も見つけました。
もっともアメリカの一流大学は、そもそも学費だけではなく、基金の運用など、多様な財源を持っていますから、そんなことが可能なのです。企業がつくった鳴り物入りの学校とは言え、アメリカの大学と比べるのは少々酷であるように思います。トヨタなどの企業がコストのほとんどを肩代わりするというのであれば別ですが、開校後は、別にそういう訳でもないようですから、このキャンパスの設備を考えれば、高額な学費も仕方がないのかもしれません。
とは言え、もともと裕福な家庭の子息ばっかりが集まって6年間も過ごすというのは、全人教育をする上で、確かに大きなリスクであるとマイスターも考えます。
そこは学校の教育方針や、ハウスマスター、フロアマスターの仕事次第なのかも知れませんが……。
(いちおう厳しい審査をパスすれば、最大100万円までの奨学金が得られる制度もあるようですが、非常に狭き門。仮に全額もらえたとしても、年間200万円以上支払いが残っているのでは、まだ高いですよね)
マイスターが最も魅力的に感じたのは、このハウスマスター、フロアマスターの仕組みです。
■「教師と『兄貴』多彩な顔ぶれ 寮運営が成否のカギ」(読売オンライン)
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/kaiyou/kaiyou060406.htm
3月上旬の夜、海陽中等教育学校内の教職員宿舎の一室で、若い男性6人が缶ビールを片手に、ささやかな酒宴を催した。(略)6人は、寮(ハウス)で生徒たちの兄貴分となる「フロアマスター」たち。JR東海、トヨタ自動車、中部電力、東京海上日動火災保険、富士写真フイルム、日立製作所といった、海陽に出資する有力企業から1年交代で送り込まれた若手社員である。
最年長の藤井真彦さん(29)は、JR東海人事部で人事運用などを担当していた。昨年夏、出向を命じられた時は驚いたが、「今はスタッフに加われたことに喜びを感じる。何度も論議を重ね、リーダーに関する互いの共通認識もできた」と話す。(上記記事より)
マイスターがこれらの企業の社員なら、まっさきにフロアマスターに立候補しています。
生徒達にとっても、親と教員以外の社会人と、生活の中で深く関われるのは大きな意味を持っていることでしょう。でも、同じくらい、企業の側にとっても未来を担う子供達の教育に社員が関わるということは貴重なことです。
これは、社員のモチベーションを、ものすごく高めるのではないでしょうか。
それに、現代の教育の問題の一つは、子供達が、社会人とバランス良く接する機会がないということではないかと、マイスターも考えていました。
かつては、教員以外の社会人と接する場が生活の中にあったのだと思います。でも今は、そう簡単にいきません。自分の親兄弟と、学校の先生を除くと、中高生のうちに社会人と人生相談する機会というのは、そうそうないものです。
(せいぜい、近所のヒマな大学生が、家庭教師にやってくるくらいです)
学校の教員というのは、あくまで社会の中に存在する人々のごくごく一部(それも、わりと偏っている層)です。
企業が学校運営に関わることについては、様々な点で批判も多いと思いますが、企業ならではの教育効果がこんな形で現れてくるのであれば、そう悪いことばかりでもない気がします。
海陽学園は、社会の中でリーダーとして活躍できる本当のエリートを育成できるのでしょうか。それは、卒業生達の活躍からしか判断できません。
彼らが社会の中で活躍するのは10年以上先のことだと思いますが、果たしてどんなリーダーになるのか、見守っていたいと思います。
以上、マイスターでした。