マイスターです。
マンガでわかる学問シリーズ、とりあえず今日で最終日とします。
今回、ご紹介するのは、
『沈黙の艦隊』
です。
マイスター、この3日間、このブログでマンガを取り上げました。
最初、取り上げるマンガの基準を、
「エンターテイメントとしての面白さがある」
「そのマンガを通じて、学問の大まかな内容や魅力、厳しさなどが伝わってくる」
「ある程度の、リアリティがある」
と申し上げましたが、実はもうひとつ、考えていた条件があります。
それは、
「世間にほとんど知られていない分野のことを、読者に雄弁に伝えてくれるようなマンガを、みなさんにご紹介したい」
ということです。
たとえば、『ブラック・ジャック』は、生命と医学をテーマにしたすばらしい作品ですよね。
「これを読んで医者になろうと決めました!」という人も、多そうです
一方で、大学の医学部や、医者の世界のあれこれを鋭く批判する内容も含んでおり、まさに手塚治虫の代表作、このブログで自信を持ってご紹介できる傑作です。
しかしながら…この作品は、既に有名ですよね。
今じゃ、アニメ映画までやってます。
いまさら、マイスターのマイナーなブログで、教育関係者向けにご紹介する意味はないんじゃないかと思うのです。
(それに、医学部の問題は、現在連載されている『ブラックジャックによろしく』がこれでもかというくらい、えぐり出して紹介してくれていますし)
そんなわけで、
「日本人が、知っているようで知らないジャンルを紹介してくれる作品」
を考えた結果、クラシック音楽マンガと、考古学マンガが思い浮かんだのです。
さて、
その意味では、本日のマンガ『沈黙の艦隊』ほど、
世の中の日本人に新鮮な視点を紹介してくれる作品は、他に無いでしょう。
『沈黙の艦隊』を読まれたことがある方ならご存知でしょうが、
この作品のテーマは、「安全保障とはどういうことか?」なのです。
「戦争とは何か?」
「平和とは何か?」
「国家とは何か?」
と、言い換えることもできるでしょう。
日本で、系統立てて「安全保障」の専門知識を学べる教育機関は、ほとんどありません。
「国際関係学」という学問はいまや、学部学科としてポピュラーになってきました。
その中で、授業の一つとして、「安全保障論」という科目が開講されていることはあります。
でも、系統だったカリキュラムで「安全保障学」と呼べる学習ができ、安全保障の専門家としての知識を体得できる学校はというと、今のところ唯一おそらく、防衛大学校だけなんじゃないかと思います。
■防衛大学校 防衛学教育学群
http://www.nda.ac.jp/cc/df/
なぜ、こんな偏りができてしまったのでしょうか。
日本では、軍事力について考える行為は、大学での学びにそぐわないという意識があるのかもしれません。
マイスター、別に軍隊の保有がどうとか、改憲論争みたいなことをここで申し上げる気はありません。
ただ、「防衛大でしか、安全保障について専門的に学べない」というのは、逆にとても不健全な状態なのではないのかな、と思うのです。
ただでさえ、防衛大は狭き門です。その上、自衛官になることが、ほとんど義務付けられている状態です。こういう決断をしないと、安全保障を勉強できない、なんてなぁ。
こんな状況の結果、日本は、
安全保障のことを考えるのに慣れておらず、それどころか、一度もリアルに考えたことがない人ばっかりになってしまったんじゃないかと思います。
マイスターも、偉そうなことはとても言えません。
専門的なことは、ほとんど知りません。
多くの日本人と同様、ほとんどまったく、安全保障についての知識を持っていません。
今回ご紹介する『沈黙の艦隊』は、「安全保障って何だ!?」ということを、そんな読者達に強く考えさせるマンガです。
* * *
日本の防衛庁と米軍が、秘密裏に、一隻の原子力潜水艦を開発していた。
技術交流も含めたテスト的な開発で、さしたる使用目的があったわけではない。
しかし「原子力」潜水艦であり、核弾頭を搭載できる設備を備え、非核三原則に抵触する可能性があることから、世論の批判を避けるために、開発も試験運用も、何もかもが極秘のプロジェクトとして進められた。
そのテスト航海の艦長として、海上自衛隊の若いエリート候補生、海江田士郎が選ばれる。
(海江田艦長以下、クルーは全員、公式な記録から存在を抹消するため、世間には作戦任務中に事故死したと説明されている)
しかしテスト航海の途中で、海江田艦長を乗せた原子力潜水艦は日米の管理から勝手に離脱、自分達は「やまと」という独立国家だと名乗る。
海江田艦長は世界中のメディアに対し、潜水艦一隻の独立国家として、自分達はニューヨークで行われる国連総会に出席すると宣言する…。
* * *
とまぁ、こんなストーリーです。
上記の設定だけ読むと、なんだか突拍子もない話のように思えますが、それは最初の設定だけ。
この後の展開は、現代の世界情勢や、各国の政治経済的な思惑、そして繊細に構築されたパワーバランスなどなどに基づき、恐ろしいほどリアルに進みます。
この海江田艦長は、戦略にかけては天才的なのです。
この潜水艦は、「核を発射できる設備を持っている」のですね。
「打てる設備がある」という、ただそれだけのことが、「もしかしたら、手詰まりになった時にこの潜水艦は核を打つかも知れない」という可能性につながるのです。
各国の首脳が、その万に一つの「可能性」に振り回されて、判断を誤るのです。
でもその過程が非常にリアルで、一国の安全保障というのが、とても脆い基盤の上に成り立っているのだと気づかされます。
原子力潜水艦が国家で、
その国家の軍事力に頼ろうとする国家があって、
その潜水艦を自国の外交政策に利用しようとする国家があって、
その潜水艦の存在が目障りで、何としても沈めたい国家がある…。
すごく極端な設定が、逆に大変なリアリティを浮き彫りにするのです。
マイスターはこのマンガのおかげで、それまで考えたこともなかった問題を、考えさせられました。
米国などが実際に配備している、「戦略原潜」の存在なども、このマンガを読むまで知りませんでした。
マイスターはのほほんとした一市民ですから、普段はなんともなしに平和な国際関係が成り立っていると思っていますが、それを支えているのは徹底した相互不信、現実主義、実力主義なんだなと、考えさせられました。
でも、それが、「安全保障」の基本的な考え方なんじゃないかと、今のマイスターなら思うのです。
防衛大に進学する機会はなかなかありませんが、
マンガによって、こうした視点に少しでも触れられるというのであれば、
読んでみる価値はあるんじゃないかと思います。
残念なのは、このマンガ、高校生が理解するのは難しいだろうってことです。
マイスターがこのマンガをちゃんと理解できたのは、大学生の時です。
政治や経済に興味がある大人が読んで、ようやくすべてを理解できるだろうという感じです。
マンガとあなどるなかれ。
というわけで、今日のお勧めは、『沈黙の艦隊』でした。
日本で学べない「安全保障」について、導入くらいにはなってくれます。
というわけで、三夜にわたって、マンガでわかる学問シリーズをお送りしました。
マンガというのは活字メディアに比べると、伝える情報に圧倒的なリアリティがあります。活字だけではイメージしきれない情報を、強力に補ってくれます。
(活字が不要というのではなくて、働きかける部分が違うという話です)
イメージは、馬鹿にできません。
大学のポスターやパンフレットを見てみれば、イメージの重要性はわかります。
大学の広報メディアには、活字による正確かつ網羅的な情報を重視するあまり、イメージを伝える気がないものが少なくありません。
そう言う意味で、今回ご紹介した3つのマンガは、大学人にとって読む価値があると思います。
他のメディアではなく、マンガだからこそ伝えられる学問の魅力も、あるんじゃないかとマイスターなんかは思うのです。
明日からは、またこれまで通りの記事をお送りしますが、
「自分はこのマンガを読んで、この学科に入学した!」とか、
「このマンガから、この学問の魅力を教わった!」とか、
そういう情報、お待ちしています。
また、機会があったら、記事でご紹介するかも知れません。
以上、実はかなりのマンガ好き、マイスターでした。