今日は、すべての教育現場に対し、ひとつご提案をさせていただきたいと思います。
マイスターは大学で働いているスタッフです。
ですから、普段から、
「今の大学教育に何が欠けているか?」
「大学で、一番問題なのは何か?」
といった、高等教育に関する議論はしょっちゅう耳にします。
それこそ、職場内でのちょっとしたディスカッションから、大規模なシンポジウムまで、あらゆるところで、あらゆる意見を聞きます。
もちろん聞くだけではなく、いち出席者として意見を言うこともあります。
しかし、考えてみると、大学関係者同士で、
「現在の日本の教育システムで、何が一番問題か?」
という議論をすることは、(全くないとは言いませんが)あまりありません。
あったとしても、正直言って、あんまり深い意見は聞きません。
マスメディアの主張に毛が生えた程度です。
実は私達は、自分達のテリトリー外のことを、あまり深く知らなかったりします。
初等中等教育の方にも同じことがあてはまりそうです。
マイスターはやたら色んなところに顔を出す性分ですので、しばしば小中学校の教職員のみなさんから、大学についての持論などを聞く機会があります。
そうして話を聞いてみると、小中学校の教職員が持っておられる大学観というのは、実は一昔前の、古き良き時代の大学イメージのままであることに気が付きます。
「ユニバーサルアクセス時代の大学教育」なんて話をそういう席でしてみると、結構、教育関係者にも驚かれます。
教育というのは、連携された社会事業のはずですが、
自分も含めて、みなさん、けっこう自分以外の受け持ちパートのこと、知らないのですね。
マイスターは、もともと大学院では公立小中学校のガバナンスに関する研究をしていました。
その後、民間企業でプロデューサーとして修行を積み、現在は大学で働いています。
せっかくそんなバックグラウンドがあるので、このブログ「俺の職場は大学キャンパス」も、目標としては、大学に限定されないテーマ設定をしたいと思っております。
ところで、日本の教育が抱える問題の一つは、
「相互不信」ではないでしょうか。
学校関係者と文部科学省、
中央と地方、
現場と管理職、
教員と職員、
公立と私立、
小学校と中学校、
中学校と高校、
高校と大学、
教育と民間企業、
教育関係者達は、お互いに相手の悪いところを指摘することばかりに慣れてしまっているように感じます。
もちろん上記の中には、適度な緊張関係を持っておくべきものもあります。
でも、それとて、建設的に提言しあう関係であることが望ましいでしょう。
例えば、
これは特に国公立の教育機関(小学校から大学まで)の関係者に多い気がするのですが、「なんでもかんでも文科省のせい」にする方って、いませんか?
「現場はこんなに苦労しているのに文科省はまったく何もわかってない」
という主張、マイスターはよく目にします。
教育に限らずどんな組織でもこうした対立はあるものですが、国公立学校関係者のそれは、他と比べて特に激しいように感じられます。
忙しい現場で苦労している分、「わかってもらえていない!」という不満や憤りが大きいのかも知れません。
しかし、こうした相互不信を取り除かなければ、
日本の教育はいつまでたっても、
問題を自分達以外の誰かのせいにする体質から脱却できないように思います。
そこでひとつ、相互不信をなくすための考え方をご提案。
なんでもかんでも民間の方が進んでいるというつもりはまったくありませんが、ここでは民間企業の基本的な行動スタイルを、教育現場に取り込むことを提案したいと思います。
その行動スタイルとは、
「商談を持ちかける」
というものです。
自分のことばかり主張しても、組織はつぶれるだけ。
なら、互いに納得できるビジネス提案を、こちらから持っていかなければならない。
相手を納得させて、互いにWIN-WINの形にするような、そんな提案、それが商談です。
商談のネタを、食事している間も寝ている間も考え続けるのが、ビジネスマンです。
学校で働いている方は、
「いかに目の前の生徒達、学生達に、理想的な教育をするか」
ということに関しては、非常に熱心かつ献身的に、取り組まれます。
それこそ、寝ても覚めても子供のことばかり考えている、という方も少なくないでしょう。敬服する限りです。
でも、ここで申し上げたいのは、それとはまたちょっと違う面での行動改革なのです。
「こちらが相手にひたすら尽くす」とか、「相手に何かを施す」という一方通行なものではなく、良い意味で「相手をうまく利用させてもらう」という、そんな商談をもっとやってみませんか、ということなのです。
こちらも得するけど、相手も得する、という関係を作ること、それが商談です。
「事業をやればやっただけ、こちらのリソースが減る」
というのが、従来の教育事業の基本だったと思います。
例えば、「放課後にパソコンと算数の補習を充実させたいなぁ」と思った公立小学校があったとしましょう。この実行には、お金とヒューマンリソースが費やされます。
やるのは大変だけど、やらなければならないから、やろうか、という形で事業は進みます。
それに対し、商談の考え方を取り入れると、例えばこうなります。
○放課後、パソコンに関する補習をさせよう。
リタイアした地元の高齢者の方と、子供達とをいっぺんに教えよう。
初めだけは大変かも知れないけど、パソコンなら、子供と高齢者が教え合ったりできるから、お互いに刺激になって、教育効果もあるんじゃないだろうか。
行政の高齢者向けパソコン教室事業を学校が代行している、ということにして、事業費の一部を行政からもらうことも交渉次第では可能かも。
また、そのうちパソコン操作に詳しい高齢者に補習の指導をお願いしても良いね。
高齢者の方には、パソコンを学ぶ代わりに一定時間、学校内で使う資料の作成などをボランティアとして手伝ってもらう仕組みにしよう。
高齢者にとっては、地域に貢献した上に、パソコンも学べて一石二鳥。
教職員にとっても最初は大変だけど、そのうち雑務作業にとられる時間を彼らが肩代わりしてくれるようになるから、損じゃない。学校ボランティアを集め、学校内の業務を効率化する良いチャンスになる。
また、活動自体を地域コミュニティ活動の核として位置づけられれば、地域の活性化にもなるし、PTA活動なども容易にできるようになるよね。
行政にとっては、学校周辺の住民の結束が強まることは、不審者対策などの面でも好ましい。
それに民間企業に委託費を払って高齢者支援をやるより、学校を巻き込んで活動を展開する方がコスト的にも安上がりだから、サポートのための費用を若干拠出してもいいかも。
…なんて感じで、ちょっと考えただけでも、
子供達にも、高齢者にも、学校にも、教職員にも、行政にも、
それぞれ何らかのメリットがあって、「参加しない理由がない」という案が出てきました。
必ず、他の誰かのメリットになることを行っているのがポイントです。
一般に「社会起業家」なんて呼ばれる人は、こうした商談提案能力が特に秀でているのでしょうね。
何? 学校内の活動は、教職員しかできないことになっている?
それなら、「地元住民が学校内のサポートに参画できるようにする」という商談を、しかるべきところに持っていけばいいのです。
例えば構造改革特区。「特区指定されたら、こんなにメリットがあります!」という商談を、行政などに提案してみましょう。
何? そもそもそんな商談を考えるヒマのある人間が校内にいない?
なら、他の人にやってもらえるような商談を、どこかに持っていきましょう。
大学の教育学部に行き、大学生ボランティアを募集してアイディアを出させるとか。
あるいは、企業の社員ボランティアを呼べるように、地元有力企業に提案を持っていってみるとか。
とにかくライバル企業だろうが国家だろうが、近所だろうが外国だろうが、金持ちだろうが貧乏人だろうが、利用できるものを利用するのが商談であり、企業の行動の基本です。
合い言葉は、WIN-WINです。
参加の動機付けとなるようなことをうまくデザインすることで、プロジェクトは活性化します。
単なる根性論ではなく、ある意味ドライに合理的に、物事を進めることも時には必要です。
「俺の方が正しい!」
「俺の方が苦労している! 立派なことをやっている!」
「なんでおまえら、俺の苦労がわからないんだ!」
という姿勢は残念ながら、社会では何の役にも立たないことが多いです。
非営利のNPOなどにも、この原則は当てはまります。
成功する非営利組織とは、社会の中に、うまくWIN-WINの関係を作り出せる構想力を持った組織であるのがほとんどではないでしょうか。
「寄付金が少ないから何もできない」
「忙しいから何もできない」
「人が少ないから何もできない」
という主張をするNPOは、もしそれが本当だとしても、いずれ社会から見放される運命にあります。
地方分権が進む世の中ですから、教育現場も、ゆくゆくはそうなっていくはずです。
そうなると、こうしたプロジェクトを校内でまとめるための担当者が必要になると思いますが、それは、管理職の役目です。
ぜひ、教育の現場で、管理職を育成して欲しいと思います。
よく、「ひとりのセンセイが献身的に尽くした結果、学校が変わった」なんて話を聞きます。
学校の関係者はそうした話が好きなようですが、そろそろ教育の現場はこうした自己犠牲的な献身や、「美談」に頼るのはやめるべきです。
組織的に変わっていかなければ、教育全体の問題はなかなか改善しませんし、取り組みが継続されません。
※学校教員の中に管理職を設けることに反対する理由として、
「現場の協調が損なわれる」
なんて意見を聞くことがありますが、仮にそうなら、日本中のすべての民間企業が、今頃協調を失ってぼろぼろになってます。実際には、管理職を設けることと現場の協調には直接的に関係はないように思います。
以上、ちょっと長くなりましたが、結局言いたかったことは、
WIN-WINの関係を提案できるような仕事の仕方をしてみよう、ということでした。
偉そうに書きましたが、マイスターもまだまだです。
自自分で書きつつ、「俺もやらねば」と決意を新たにしているところです。
大学は、産学連携などをはじめ、徐々にそうした「提案をする組織」に変わってきています。
(民間企業に学んだところもあると思います)
良い商談を持ち込める教育関係者でありたいと思います。
そんなわけで、マイスターでした。
さすがは政策系! パチパチパチ!
>WIN-WINの関係を提案できるような仕事の仕方をしてみよう、ということでした。
大学の場合、やはり事務職員にこそ期待される部分ですね。
はじめまして。こばこばと申します。大学院で教育学を専攻しています。
ご指摘されたことは、もっともなことであると考えます。現在の中央レベルでの政策の決定では、文部科学省は影響力を失いつつあるので、文部科学省をたたいたところで効果は限られてきます。これは、教師や親に対するバッシングについても同様です。親は教師を悪く言い、教師は家庭を問題にするという場面に何度出くわしたことか。そのたびにうんざりさせられます。もちろん、問題のある教師や親がいることも事実ですが、たたけばいいというものではない。完璧な教師や完璧な親がいるわけがないのですから。産学連携については、連携そのものが目的化している側面がないでしょうか。何のために連携をするのか、連携する先に何があるのかが不明確なまま進んでいることもあり、効果に疑問を持つことがあります。戦略を練るという視点をもっともつことも大切ではないでしょうか。
はじめまして゜▽゜よかったら私のブログにも来て下さい゜∪゜http//blog.livedoor.jp/ehirobart/