『プロフェッショナルスクール アメリカの専門職養成』

「西洋では聖職者、医者、法律家は専門家として敬われていたが、建築家もステータスが高い職業だった」と、建築学科で学んでいた頃に教員に言われたマイスターです。

ほんとかよ、とそのときは思いましたが、顧客のプライベートを預かる仕事という意味では確かにすべて共通するものがあります。
それに、建築家は今でも、欧米では確かに社会的ステータスの高い職業のようです。

大学職員という職業のステータスは世界的に……どうなんでしょう?

今日は、本を一冊ご紹介します。

プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成

ご存じの方も多いと思いますが、アメリカの大学院は、大きく2種類に分類できるのですね。

一つは、アカデミックな教育を施し、研究者を養成することを目的とする、アカデミック大学院
そこで授与される学位は、修士ならMA(Master of Arts)やMS(Master of Science)、博士ならPh.D(Doctor of Philosophy)が代表的です。
Ph.Dはすなわち、研究者としての基礎能力を持っているという証明書に他なりません。

そしてもう一つが、専門職業教育を施し、高度な能力を持った職業人を育成しようとする、専門職大学院。通称、プロフェッショナルスクールです。
そこで授与される学位は、その専門業種において専門知識と、その知識に基づいた問題解決能力を備えていることを保証しているわけです。
日本でもよく知られている専門職学位は、MBA(Master of Business Administration)、経営管理修士号ですね。

MBAはビジネス分野の学位ですが、この他にも、様々な種類の専門職大学院があります。

日本でもスタートした「Law school(法科大学院)」ですが、これも、アメリカの専門職大学院の一つです。
アメリカでは、法学の専門教育は大学院になってから、というのが一般的です。
日本の法学部のように、学部4年間で法学を一通り教えるようなコースは、一般的ではありません。
このLaw schoolの卒業生達が、弁護士などの法曹になっていくのですね。

医学もそうです。
医者になりたい学生は、学部の一般教育を経て、「Medical school(医学大学院)」に入学し、医学の専門教育を受けなければなりません。

この他にも、

 ○教育、
 ○工学分野、
 ○看護、
 ○薬学、
 ○神学、
 ○社会福祉、
 ○図書館学、
 ○公共管理分野(高度な知識と能力を持った公務員の養成)、

などなど、非常に多種多様な専門職大学院があるのです。

日本では、これまで大学院といえば、(特に文系では)アカデミックな研究者への道を意味していました。ロースクールの登場でようやく、日本でもこうした専門職大学院が一般的に知られ始めましたが、アメリカに比べれば、まだまだです。

で、今回ご紹介する本は、アメリカの専門職大学院のうち、「プロフェッショナルスクール」に焦点をあてた本なのです。

その実態について、興味深いデータをそろえ、非常に丁寧に論じています。

詳しい内容は、この本を読んでいただくとして、
ここでは2点ほど、興味深いトピックについてご紹介しましょう。

<プロフェッショナル大学院は、業界団体と連携している>

以前、

・アメリカで流通する「ニセ学位」
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50064702.html

という記事でもご紹介しましたが、アメリカの大学は、認証団体によって認証を受け、それによって教育の質を社会に保証しているのです。
で、専門職大学院の場合は、「ちゃんと専門職として適切な教育をしているか?」を調べるための、「専門アクレディテーション」という審査が登場するのですね。

で!

アメリカの法曹の団体である「アメリカ法曹協会」が、実は、ロースクールの専門アクレディテーションを行っていたりするのですよ。

「アメリカ法曹協会が認めた大学院は、適切な弁護士を育てる正しい教育をしている!」

ということですね。
学位の分野にもよるのですが、このように、業界団体が専門職大学院のアクレディテーションを行っている例は、珍しくないようです。

プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成』には分野ごとのアクレディテーション機関のリストが載っているのですが、他の職種のプロフェッショナルスクールについても、業界団体とおぼしき団体が認証機関としていくつか紹介されていました。

この他にも専門業界団体は、専門職大学院に対して、
大学のカリキュラムに対して提言を行ったり
いわゆる「大学院ランキング」の策定時などに「専門家による評価」としての評価を寄せたりもします

また、専門職の資格を維持する条件として、定期的にこうしたプロフェッショナルスクールで所定の研修を行うことを義務づけている業種もあります

日本では、専門職団体が大学の教育内容にここまで口を出すことはあまりありませんよね。
(イメージとしてはたとえば、日教組が日本の教職大学院のカリキュラムを認証したり、ランク付けしたり、定期的に大学院での受講を義務づけていたりする、といった感じですかね)

専門職団体は、自分たちのプロフェッションを維持するためにも、大学院で行われる教育の質を下げられては困る。
大学も、専門職団体の意見を採り入れてより実践的で有用な大学院にしたいし、夕食な卒業生を送り出して高く評価されたい。

そんなお互いの思惑のもと、このように協力しあい、同時に互いを厳しく監視しあいながら、
相互に発展していこうという体制ができているようです。

(ただしその度合いは、業種や学問分野によって差があると思いますので、一概には言えません。ご注意を)

<「教育大学院」の学生は、プロフェッショナルスクールの中でも相当の割合を占める一大勢力である>

この『プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成』では、教育大学院「school of Education」の解説にかなりのページを割いています。

この本によると、1989年の時点で、アメリカの
 高校の56%、
 中学の47%、
 小学校45%、
の教員が教育学の修士号を取得していた
のだそうです。
アメリカの教師達は、日本の状況からすれば、信じられない高学歴っぷりです。

で、なんとアメリカで一年間に授与する修士号以上の学位の、
実に1/4が、教育学分野から授与されているのだとのこと。
数十種類の専門職学位が存在するアメリカで、この割合は、とんでもないです。

これには、いくつかのカラクリがあります。

まず、アメリカの場合、その多くが、「大学を卒業して教員になってから、大学院に通ってこつこつ単位をためて、数年かかって修士号を取得した」という教員なのです。
職務上の研修が、大学の単位に直結しているので、自然に修士号のための単位がつながっていくのね。
だったら、どっかのタイミングで学位を取得してしまった方がお得というわけなのです。

さらにアメリカでは、こうした学位を持つことが、教師としての昇給、昇進につながるのです。
教師として働いていく上で、学位の価値が認められているのですね。

そもそも、教員になるために、こうした学位の取得を義務づけている州もあります。
たとえばカリフォルニア州では、修士課程を修了していないと、教員終身免許状の取得が認められません

そんなわけでアメリカでは、教師の、学位取得意欲は高いのです。
それが、この、修士号の普及率につながっているわけですね。

さて、以前、

・教員養成大学院卒業者は、優遇すべきだ
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/26103105.html

という記事でもご紹介しましたが、日本の場合、今後創設されようとしている「教職大学院(教員養成大学院)」の卒業生と、一般の大学で教員免許を取得した教師との間に、給与や仕事内容の差を付けてはイカン!という意見が出ているんですねー。

社会の中での大学や大学院の位置づけ、認識のされ方が、アメリカと日本ではなんだかまるで違うんだなぁ、と思います。

日本でこうした意見が出る背景には、

「教師になったら、もう二度と、大学や大学院で学ぶことはない」
「大学院の教育内容なんて、教師としては何の役にも立たない。専門職大学院なんていっても、きっとそうに違いないさ」

といった固定観念を、エライ人たちが持っているってことがあるんじゃないかと思います。
悲しきかな。日本では大学も大学院も、教師の世界から信用されてません。
(教師ほど大学を信用してないってのも、考えてみればおかしな話では…)

ちなみにアメリカのschool of Educationで、専門職育成コースに進むと、

修士の場合 M.Ed(Master of Education)
博士の場合 Ed.D(Doctor of Education)

という学位がもらえます。

これらの学位は、研究コースに進んだ場合の「Ph.D」や、日本の「教育学修士」「教育学博士」とは、意味合いがまるで異なります。

M.Edは、教師としてのプロフェッショナル学位です。
Ed.Dは、学校の管理者や行政者といった教育組織のプロフェッショナルや、カリキュラム立案のプロフェッショナル等を育成することを目的とした学位です。

どちらも、研究者育成が目的ではありません。
教育に携わる専門職の養成が目的です。

M.Edだったら、実際に模擬授業を行ったり、MBAさながらのケース・スタディに取り組んだりということもこなさなければなりません。
日本の大学院イメージとは、かなり違う教育が展開されているようです。

ね、アメリカ型のプロフェッショナルスクールって、日本にはまだないでしょ?
教育分野なんて、全然、プロ養成のための教育レベルが、追いついてないように思います。

以上2つのトピックについて、この本にまとめられている内容から簡単にご紹介しました。
この他にも、

「コミュニティ・カレッジ」との顧客層の違いや、
企業で行われている社会人教育の実態、
プロフェッショナルスクール設立に至る歴史的な経緯、
さらには、分野別の、専門職大学院卒業生の初任給の実態まで、

非常に興味深いデータが多いです、この本。
日本でも専門職大学院志向が進んできてますから、読んでおいて損はありません。

ぜひご購入を…といいたいのですが、この本、\4,000もするんですよね。

内容の充実ぶりを考えれば、決して高い買い物ではないのですが、
職場の他の職員にもオススメする!という意味合いも込めて、ここはひとつ、図書館司書の方に甘えてみるというのはいかがでしょうか?

マイスターも普段調子に乗って本ばっかり買っていて資金が無かったので、図書館の方にお願いして購入してもらっちゃいました!

せっかく学校という、自前の図書館を持っているぜいたくな組織に勤めているわけですから、その役得を活用しない手はありません。

プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成』、オススメです。

以上、良書をご紹介できるとうれしいマイスターでした。