クレームの対応で大学の危機が救われた!?

前の職場では、企業の窓口対応をチェックするのも仕事だった、マイスターです。

たとえば、webサイトの「お問い合わせ」フォームに、メールを出す。
その対応次第で、企業の中身が見えます。
ろくに返事をせず、たらい回したあげく、「お近くの店舗にパンフレットがあるので、見に行ってください」なんてメールが来ることも。
お店のカウンターなら、お客に対してこんな対応はあり得ないと思うんですが、webサイトだとそのあり得ない対応が普通に行われるのですね。気をつけなければなりません。

ハウスメーカーの住宅展示場に、他の女性社員と、新婚夫婦を装って出かけたこともありました。
展示場でどんな情報をもらえるか、webサイトではどんな情報を出しているか、
その実態を、お客さんの視点で調べるのです。
そうした実態から、その企業のwebサイトの構成や機能、さらにネットの奥で対応する社員の仕事などを設計するのです。
そうした視点で企業を見ていたことは、今でも非常に役に立っています。

大学は、巨大なサービス事業体です。
一口に教育、研究と言いますが、学生に提供する教育にも、色々あります。
講義、実験、実習、研究室の指導、就職指導…

マニュアル化できない多様なサービスを提供する過程では、様々な問題も当然、起きます。
学生の学業不振、人間関係のような生活上の悩み、色々です。

その問題が発覚する過程も、また様々です。

学生本人が、教員に相談する場合、
事務のカウンターで相談する場合、
学生相談室や学習支援室などの部門に相談する場合、
あるいは、無理が限界に来るまで、誰にも相談しない場合。

転職後、マイスターが驚いたのは、保護者からの電話です。
9割は、母親です。
学生本人に内緒で、親が大学に電話をかけてきて、「ウチの子はちゃんと学校に行っていますか?」とか、「成績はどうですか?」とか、聞くのです。

また、母親が電話をしているそばに学生がいる(と、明らかにわかる)ときもあります。
学生本人が電話をかけてくるのではなく、母親が代わりに大学に「電話してあげている」のですね。
こうしたことは、今や、全く珍しいことではありません。

親離れできない子がいけないのか、
子離れできない親がいけないのか。

もとを正せば、「子離れできない親」の方が原因じゃないかと個人的には思いますが、今回は、これは本題ではないので、おいておきます。

さて、そうした、大学に寄せられる様々な相談やクレーム。

これを、普段、どのように扱っているでしょうか?

良い、悪いはともかく、大学職員は、お役人的です。
これは、現在の日本の大学組織の構造からして、仕方がありません。

「いかに規則通りに組織をまわすか?」ということを追求する仕事が、
大学職員だと認識されています。

自分で判断する権利をほとんど与えられておりませんから、
ちょっとでもマニュアルからそれた対応をするときは、上司の了解を得る必要があります。
お客さんの都合より、組織の都合です。

対応の結果、お客さんが不快な思いをしたり、より不便でわかりにくい行動をとらされることになったとしても、ルールに違反していなければOK、それがお役人の行動規範です。

大学職員も、普段は意識せぬままこうした役人的な規範に沿って行動しております。
規則の遵守、上司の判断を仰ぐ姿勢堅持。

最も重要視されるのはピラミッドを崩さぬことです。
次に、職場の人間関係維持が続き、お客さんの都合はその後くらいに考慮されるようになっています。

断言しますが、こうした姿勢が日本のかなりの大学組織にはびこっています。

お客さんの視点でいくつか大学を見て、ついでにガバナンスの設計を見れば、それはわかるのです。
自分の職場でも、残念ながら既に、そうした対応の数々を見てしまっています。

ガバナンスの問題、であるとはいえ、
相手の立場で親身になって考え対処することで問題のかなりは解決される、
これもまた事実でしょう。

先日、その実例とも言える話を、ある大学の方から聞きました。
以下、その話をご紹介します。

保護者からかけられた電話に対し、ある若手の大学職員が、対応しました。

その保護者の訴えは切実で、若手職員から見ても、早急に対応すべきと思われました。
学生が、大変つらい状況に追い込まれているのが、わかりました。
学生の指導教員と学生との関係に、学生だけでは解決できそうにない問題が生じたのです。

まったく学生に責任がないとは言えませんが、非は、どちらかというと大学にあったと思われました。
問題を解決するために、教員と職員、それぞれの幹部クラスが対応してほしい、というのが、保護者の訴えでした。
学生と指導教員が直接話すのではなく、まずは第三者に事態を説明したい、ということでした。
若手職員も、その方がいいと考えたので、まずは幹部に保護者の言い分を伝えますよと、約束しました。

しかし、実際には、幹部の耳に届くことはありませんでした。

若手職員の直接の上司が、その報告を、自分のところで止めてしまったのです。

しかもあろうことか、問題を内々で解決すべく、いきなり当事者である指導教員に連絡をしたのです。
そして、学生と保護者には
「あまり上に伝わると、学生さんのためにも良くない。
 ここは、先生と直接話されてみては」

という電話をしたのです。

また話の中で、

「それはお約束できない」

とか、

「それは私にはわからない」

といったあいまいな言葉、そして

「○○先生はこの日しか空いていないので、話がしたいならその日の指定の時間ににキャンパスに来てください」

といった、組織の都合をそのままぶつけるような言葉を頻繁に使ったそうです。

マイスター、この話には、驚きました。
この上司の対応は、ゼロ点どころか、大変なマイナス点です。
そんな対応をされて、その保護者と学生が、その大学をどう思ったか、想像に難くありません。

上司が何を思ってそんな対応をしたのかはわかりませんが、ここは、組織のメンツや内部の人間関係より、お客さんのことを優先して動くべきところです。
(いつもお客さんが正しいとは限りませんが、この場合は間違いなく、そうです)

お客さんにあわせて、組織を調整すればいいだけの話なのです。

この上司には、組織内部の規則や上司の都合を最優先させる行動規範が、すっかり染みついていて、こうしたお客さん本位の発想が浮かばなかったのでしょう。
長い間対応で、そうした対応が当たり前になってしまっていたのだと思います。

電話を受け、保護者は大変に怒り、抗議しましたが、上司はなぜ抗議されているのかよくわかっていなかったそうです。
なおこの時点で、保護者はこの上司を、「全く信頼できない人」と思っていたそうです。なんで大学はこんな人に対応させるのか、とも。

さて、この話、続きがあります。

怒った保護者は、最初に電話を受けた若手の職員に電話をかけたのです。

保護者の口から、何が起きたのか聞いてびっくりした若手職員。
保護者はすっかり怒り心頭、大学と、上司に対する不信感を爆発させています。

若手職員、責任を感じたのでしょう。
電話で謝罪をし、保護者のスケジュールを聞き、
すぐ連絡することを約束した上で、

1時間かそこらのうちに、他の上司を通じて部門のトップに連絡を取り、
保護者の言い分を改めて説明し、
幹部が直接対応の場に出ることを訴えました。

「今、こういう対応をしています!」
ということを、逐一、保護者と学生に電話して、なんとその日のうちに、教員、事務それぞれの責任者を交えた話し合いを実現させたのです。

また、ピラミッド的な役割分担からすれば、最初に上に報告をした時点でこの若手職員の業務は終わったわけですが、保護者と学生への連絡窓口は統一されていた方がいいとして、この間の連絡はすべて自分が行うと主張し、実際にそう行動しました。

いかがでしょうか?

この若手職員の行動には、細かい越権行為がいくつか含まれています。

自分の判断で勝手に電話で謝罪したこと、
その際、その日の対応法を自分で考えたこと、
直接の上司を介さないルートで幹部に現状を報告したこと、
その他、本来の仕事ではない、上記のすべての行為を行ったことです。

これらの若手職員の行為について「それはちょっと問題だなぁ」と思う方もいると思います。
特に、ベテランの企業人や役人、大学職員ほど、感じると思います。

しかし規則を遵守することに固執すれば、これらの行為は行えなかったでしょう。

「対応を検討し、後ほどご連絡します」

が、関の山です。
そんな、お客様に最も不信感を与える対応になってしまっていたでしょう。

さて、この話し合いの1週間後、直接の指導教員と学生が同席した長い長い話し合いが行われ、一応の和解が行われたそうです。

もし第三者(幹部達)を介せず、最初にいきなり話し合いをセッティングされていたら、おそらく保護者と学生には根強い不信感が残ったでしょう。
その大学のことを、ずっと悪いイメージで記憶したと思います。

また、学生と教員の間の関係も、決してよいものにはならなかったのではないでしょうか。
結果は、なんとかまるくおさまったわけですね。

そうした和解の話し合いの最後に、保護者の口からは、こんな言葉がでたそうです。

「今回、よく話し合えたおかげで、大学の対応がよく理解できてよかった。
 中でも○○さん(若手職員の名前)には、大変尽くしていただいた、
 感謝しています」

実際の話し合いの席には、その若手職員は(話し合いの内容自体には関係ないので)いなかったのですが、
保護者が一番強く印象に残したのは、途中の対応において、保護者と学生のことを第一に考える姿勢を見せた、若手職員だったのです。

マイスターは、この話を聞いて、強くうなずきました。

この場合、

   <お客様のことを第一に考える = 親身になる>

と言う図式が成り立つかも知れませんね。

この若い職員は、ちょっとした越権行為をしながらも、親身な対応に徹したことで、
ブランドイメージが下がるどころか、かえって印象を良くすることに貢献したのです。

「お客様からのクレームは宝物」

という言葉が、企業ではお題目のように唱えられています。

ですが、一般企業においても、こうした姿勢を維持することは大変難しいのです。

学生を、末永く大学のサポーターにしたいなら、
大学は、一般企業以上に、意識改革しなければならないとマイスターは思います。

本当に、日常のちょっとした対応一つで、
組織のイメージが取り返しがつかないほど傷ついたり、
一生をかけて応援してくれるファンができたりするのです。

ゆめゆめ、それを忘れないようにしようと誓う、マイスターでした。