東京1区のマイスターです。
マイスター、総選挙の日にテレビの画面の端に映る、「○○党 34 △△党 28…」みたいな表示が大好きです。
国をあげての一大イベントという気がして、燃えます。(いや、実際、国をあげての一大イベントなんですが)
ちなみに学生の時、マーケティングの授業でTU○AYAの方が講義に来た時があったのですが、
その年の一年間で、最も全国のTUTA○Aの来客数が多かった日は、総選挙の日だったそうです。
テレビはどの局も選挙のことばかり報道するから、つまらなくなって、DVDやビデオを借りに来る人が増えたってわけです。
マイスターのような、普段テレビをあまり観ないくせに総選挙の日だけはテレビつけっぱなし、というのは珍しいパターンなのかも知れません。
ところで、あなたの大学の総長、学長を決めるのは、誰ですか?
理事会、
評議員会、
学部長会、
教授会、
大学の意志決定機関は、いろいろあります。
そこの大学の学生ですら、大学運営の仕組みをよく知らないことが多いのではないでしょうか。
マイスターは4つの大学から寄付金の要請をされるアホな状況の男でありますが、
学生の時、総長や理事長の権限、理事会の仕組み、なんて全然考えたことがありませんでした。
キャンパスの掲示板に、教職員労組の主張ビラが貼ってあったり、
「学部長選挙のお知らせ」なんて掲示があったりしたのは、知っています。
でも、それは、学生である自分には、何の関係もない情報でした。
大学の広報誌では、理事長の交代に関する記事がトップに掲載されていましたし、
理事長や総長、学部長の経歴は、様々なところで解説されていました。
だからどうした。
と、学生のときは思ってました。
それらの記事は、「教員」に向けられたものであって、学生に向けられたものではありませんでした。
今思うと、職員の方にすら、向いていなかったと思います。
学生には、決定はおろか、傍聴の権利もなかったのですから、わからないでもありません。
でも、これで将来卒業生が、大学に寄付をしようとか、ホーム・カミング・デーのイベントに行ってみようとか、果たして思うでしょうか?
大学職員となった今でも、どの大学についても、誰が経営者なのか、よく理解していません。
実を言うと、いま勤めている大学ですら、
「本当のところ、これは誰が決めているんだ?」
という実態が掴めません。
学生のときとは違って、今は、大学のガバナンスを知りたくて仕方がありません。
一所懸命調べます。大学の学則や寄付行為なども熟読します。
しかし、それでは、実態の半分くらいしか見えていないのです。
大学は、物事の多くを、話し合いで決めます。
代表的な機関は、教授会です。
組織の構成員が協議で物事を決定するのは、非常に大事で、素晴らしいことと思います。
しかし一方で、その字面の素晴らしさが目立つあまり、そこに潜む問題の多くが、見過ごされているように思います。
たとえばマイスターは、日常的に、以下のような問題を感じます。
1:組織の構成員は、教員だけなのか?
2:本当に、「何もかも」協議で決めなければならないのか?
3:協議で決まったことに対する責任は、誰が負うのか?
4:「話し合いで決める」という行為自体が持つ危うさや弱点、限界についても、きちんと理解されているか?
上記の4点は、学生としていくつもの大学を見てきた者だから感じることであります。
大学院で、アメリカの学校のガバナンスについて調査をし、研究をしたからわかる疑問でもあります。
一度、民間の、しかもいわゆるITベンチャー企業で働いた経験から来る違和感でもあります。
マイスターは、大学で働くことは好きです。
ただ、上記の4点について考える時は、ちょっと憂鬱になります。
これから大学に身を置くと想像した時、これらの疑問を抱えたまま、働き続けるのは辛いです。
そんなわけで、この「大学のガバナンス」という問題に向き合う時は、マイスターは特に真剣です。
そんなマイスター、ちょっと前に見つけた事例を紹介します。
それは、立命館大学の、「全学協議会」という仕組みです。
立命館大学はここ数年、大学改革に関する様々な取り組みで注目を浴びています。
教学面の試みも、見逃せない優れたものが少なくありませんが、
ガバナンスについても、挑戦を行っているようです。
-立命館大学には、学生・大学院生の代表が、大学運営や学園創造に関する話し合いの場に参加し、学生生活をはじめ教育・研究環境の充実を図る「全学協議会」システムがあります。このような民主的な意思決定のシステムは、「平和と民主主義」の教学理念を学園運営に反映していくという考えによるものです。-(http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/koho/zdb2003/index-j.htm)
-学生の自治組織である学友会の代表は、理事会・院生連合協議会(大学院生の自治組織)・教職員組合・生活協同組合(オブザーバー)とともに、学園全体に 関わる重要なことがらについて、全学の意思を確認する全学協議会のメンバーとなっています。正課・課外をはじめ、大学生活に関わる学生の意見や要求は、全学協議会を通じて大学運営や学園の将来構想に反映されていきます。- (http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/koho/zdb2003/about.htm)
大学の構成員は、教員、職員、学生、です。
だったら、教職員のみならず、学生も参加させなきゃウソだろう。
というのが、この制度です。
元々、米国などでは、大学の経営機関である理事会に、学生の代表を加えるところがあるようですが、立命館大学は、独自の仕組みで学生を大学の経営に加えているのです。
学生だけではありません。
教職員組合も加わります。
生活協同組合も、オブザーバーとして参加することを認められています。
ぞこに、常任理事会も加わります。
これぞ、大学の自治。
民主的なガバナンスだと言いながら、職員の発言すら認めない大学が多い中で、立命館大学の試みは際だっています。
もちろん、
「一時的な関係者に過ぎない学生を、組織の経営に参加させるのは適切か?」
という意見もあると思います。もっともです。
それに、本当にこうしたガバナンスが有効に機能しているのかは、わかりません。
これはマイスターの勝手な想像ですが、まだ完成途上の仕組みで問題がいっぱいあるかもしれません。
学生も、サークルや自治会の学生の代表が協議会に参加する仕組みのように見受けられますから、その他の学生がどうなのか、わかりません。
立命館大学だって、そうしたことは当然、わかったはずです。
その上で、こうして学生を参加させている。
それは、
「立命館大学は、こういう大学である!」
という、決意の宣言にも感じられるのです。
問題はあるかも知れないし、
批判もあるかも知れない。
が、それでも立命館大学は、学校の考えとして、この仕組みを持っているのだ!
ウチはこれでやっていくんだ!
という、挑戦なんだろうと思うのです。
改革というのは、本来すべてこうした宣言であり、挑戦なのです。
それを理解せず、「○○の点が問題だ、時期尚早だ」などと逃げていては、本気の改革はできません。
マイスター、まだこの制度を詳しくは知りませんが、立命館が他の学園に先駆けて、こうした取り組みを行っているということは、非常に素晴らしいことと思います。
この他にも立命館、様々なガバナンス改革が光ります。
たとえば総長を決定する、「総長候補者選考委員」の構成比率は、
○教職員 50%
○理事・評議員 25%
○学生、卒業生、父母 25%
と定められています。
卒業生や父母などのステークホルダーを加えるのは、「大学は開かれた存在だ」というメッセージであるように思えます。
そもそも、この新しい総長選任制度の検討委員会にも、立命館大学および立命館アジア太平洋大学の学生、大学院生が加わっているのです。
教授の誰かが考えた制度を、下の者に浸透させることが経営だと思っている大学人は多いと思いますが、こうした取り組みを見る限り、立命館にはそんな発想は微塵もないようです。
これらの改革案、大学にとっては、作業的にも精神的にも楽ではないものばかりですが、こうした案が通るのは、学生などを意志決定機構に加えているからこそでしょう。
なすべきことがちゃんと提案される、というのは、大変なメリットです。
■「学園通信総長選任制度特別号(PDFファイル)」(立命館大学)
http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/koho/headline/info/2005/05/rs_chancellorelection.pdf
■「総長選任制度検討委員会」(立命館大学)
http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/koho/headline/info/2005/05/sennin.htm
財政情報についても、「見られるようにしておく」というスタンスを超えて、「見てもらえるように発信する」という姿勢が見受けられます。
■「財政公開・大学公開」(立命館大学)
http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/koho/zdb2004/zai_01.htm
紹介はこの辺にしておきますが、どれも非常に挑戦的な試みです。
単なる単発の思いつきではなく、一つ一つが
「本気で大学を変えていこう」
「手探りで理想の学園を実現していこう」
という行動の結果なのだなと、感じます。
そもそも、こうした情報が、何でもwebで閲覧できるというのが、素晴らしい。
どの情報も非常に見やすく、わかりやすく、アクセスしやすく設計されていて、好印象です。
マイスターが思うに、ここまで情報公開が適切に実行できている組織は、大企業でもあまりありません。
見ならうべき事例です。
しかしどの改革案も、字面の内容だけみれば、みなが一度は頭に浮かべたことがある内容ではないでしょうか。
立命館でそれができて、他のほとんどの大学でそれができなかった。
その違いをまず理解すること、
そして、理解した上で、行動に移すこと。
それが、いま大学人が行うべき、改革の第一歩なのではないでしょうか。